更新日:2023/07/16
遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子であるBRCA2遺伝子の日本人に特有の病的バリアントを発見
国立病院機構東京医療センター遺伝診療科山澤一樹医長、乳腺外科松井哲科長らの研究グループは、佐々木研究所附属杏雲堂病院、国立がん研究センター、国立病院機構岩国医療センター、がん研究会有明病院、順天堂大学、昭和大学、慶應義塾大学、東京都立駒込病院との共同研究により、日本人に特有のBRCA2遺伝子のバリアントを発見、その病的意義を機能解析実験により実証し、病原性を証明した。
日本人の女性は、その生涯のうちに11%が乳癌を、1%が卵巣癌を発症するといわれている。一般的には癌は遺伝する疾患ではないが、遺伝性乳癌卵巣癌は親から子へ50%の確率で遺伝する。BRCA1およびBRCA2遺伝子は、遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子として知られている。これらの遺伝子のいずれかに生まれつきの病的な変化(バリアント)を持つ患者は、乳癌、卵巣癌、膵臓癌、前立腺癌等を若年で発症する可能性が高く、定期的な癌のサーベイランス、予防的なリスク低減手術や、分子標的治療薬(特にPARP阻害薬)の投与などの積極的な医学的管理が行われる。
現在、BRCA1およびBRCA2の遺伝子検査(遺伝学的検査)は健康保険が適応され、一般診療でも広く実施されているが、この際、病的意義がわからないバリアント(Variant of Uncertain Significance: VUS)が同定されることがある。このVUSが検出された場合は、癌発症のリスクが判断できないため、上記のような積極的な管理は一般的には行われず、時にバリアント保持者の不利益につながることがある。こうしたVUSに対して、病的意義を評価する有効な方法のひとつが、分子生物学的な実験によってバリアントの機能解析を行うことである。
今回、研究グループは、各施設の受診患者、JOHBOCデータベース、過去の論文報告を調査し、BRCA2遺伝子のバリアントc.7847C>T (p.Ser2616Phe)を有する乳癌・卵巣癌の日本人患者7家系10名を発見した。本バリアントはいずれの家系でもVUSと解釈されており、遺伝性乳癌卵巣癌における積極的な医学管理は実施されていなかった。本バリアント保有者の癌の発症年齢や病理組織型などの臨床的特徴は、遺伝性乳癌卵巣癌でみられる特徴と一致していた。このバリアントは日本人家系でのみ存在し、海外の一般集団データベースには登録されておらず、日本人に特有のものと考えられた。さらに、各種のコンピュータシミュレーションによる機能予測では、本バリアントは高い確率で病原性を持つことが推定された。
そこで研究グループは、MANO-B法およびABCDテストと呼ばれる細胞実験による機能解析を実施した。この結果、本バリアントが病原性をもつことが分子遺伝学的に証明された。この結果から、本バリアントは、日本人集団に特異的に認められ、乳癌および卵巣癌等の発症素因となる病原性をもつと結論づけた。
本バリアントの病原性が明らかとなったため、バリアント保有者に対して、乳癌・卵巣癌に対するサーベイランスやリスク低減手術が推奨され、またPARP阻害薬の使用が考慮される。本バリアントは日本人に特有であり、日本人の祖先に偶然生じたバリアントが現在まで世代継承されていると推察されるが、VUSの判定のまま適切な医学的対応が取られていないバリアント保持者も相当数に達すると推察される。本バリアントの病原性を広く周知することで、ゲノム検査の結果に基づき患者一人一人にあった治療を行う個別化医療の実践に貢献することが期待される。
(Medister 2023年6月26日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子であるBRCA2遺伝子の日本人に特有の病的バリアントを発見 -ゲノム情報に基づく個別化医療の実践に期待-