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更新日:2023/05/08

極めて複雑な合成医薬分子に短寿命核種を導入

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター分子標的化学研究チームの丹羽節副チームリーダー(研究当時、現客員研究員、東京医科歯科大学生体材料工学研究所生命有機化学分野准教授)らの研究グループは、これまでに化学合成された医薬品の中で極めて複雑な化学構造を持つ抗がん剤エリブリンに対する陽電子放射核種炭素11(11C)による標識と、体内動態の解析に成功した。

エリブリン(商品名ハラヴェン®)は、エーザイ株式会社とハーバード大学の岸義人教授らの共同研究で創出された乳がんの治療薬である。近年、エリブリンが、乳がんや悪性軟部腫瘍以外にも、悪性度の高い脳のがん(膠芽腫)に有効であることを示唆する結果が報告された。実際に、マウスを用いた動物実験では、エリブリンを投与することで、脳に移植されたがん組織の縮小が観察された。また、エリブリンががん組織に特異的に浸透しており、周囲にある正常な脳組織にはほとんど集積しないことも、質量分析イメージングを用いた実験により明らかにされた。さらに、悪性度の高い脳腫瘍の患者にエリブリンを投与する医師主導治験においても、その有効性が示唆されている。

薬剤投与による新たな治療法を確立するためには、ヒトに医薬品を投与した際にどの程度の量が患部に到達するのかを知り、治療時における適切な投与量を検討することが有効である。PETイメージングは、陽電子放射核種を持つ分子(PETプローブ)の集積を定量的に可視化できる、臨床使用可能な分子イメージング技術の一つである。侵襲性が低くヒトにも適用できることから、もしエリブリンを陽電子放射核種で標識できれば、エリブリン投与時のがん組織での濃度を概算できるようになる。

そこで本研究では、極めて複雑な化学構造を持つエリブリンへの、非常に寿命の短い陽電子放射核種である炭素11(11C、半減期:20.4分)の導入に挑戦した。エリブリンを構成する炭素原子の一つを11Cに置き換えることができれば、エリブリンの化学構造を全く変えることなく、エリブリンをPETプローブ化できるからである。

研究グループはまず、エリブリンの構造のどこに11Cを導入するかについて検討した。寿命の短い11Cは合成反応中にも次々と崩壊していくため、合成の最終段階に導入する必要がある。これまでに報告された11C導入法を背景に検討を進めた結果、エリブリンが持つアミノ基(-NH2)の隣の位置への11Cの導入を立案した。戦略としては、まず、エリブリンの中心骨格を持つアルデヒド(-CHO)に対し、11Cを持つニトロメタン([11C]CH3NO2)を用いたニトロアルドール反応を起こすことで、ニトロ基(-NO2)と11Cを持つ中間体とを合成する。続いて還元剤を作用させ、ニトロ基をアミノ基に変換し、11Cを持つエリブリンを得ることを考えた。ここで出発原料として用いるアルデヒドも複雑な化学構造を持つ分子であるが、これは元のエリブリンの合成中間体の変換により入手可能であった。

この計画に基づき、実際の合成に取り組んだ。全ての実験は、11Cから発生する放射線による被曝を防ぐため、鉛でできたホットセル内に設置された自動合成装置を用いて行った。ニトロアルドール反応、還元反応における試薬や量などの反応条件、さらに標的とする11Cを持つエリブリンを迅速に精製する条件などを詳細に検討した。最終的に、全ての合成時間を40分以内とし、250メガベクレル(MBq、1MBqは100万ベクレル)程度の放射能を持つエリブリンを得る、再現性の高い手法の確立に成功した。これは、PETプローブとして用いるために十分な放射能である。

次に、11Cで標識したエリブリン(以下、エリブリンPETプローブ)が脳のがんに到達するかどうかを明らかにするため、動物を用いたPETイメージングを行った。右脳にがん組織を移植した脳腫瘍モデルマウスにエリブリンPETプローブを投与し、PETスキャナーでその局在を観察した。その結果、エリブリンPETプローブが右脳のがん組織に特異的に集積し、左脳など脳の正常な組織にエリブリンは観察されなかった。これは、質量分析イメージングを用いた先行研究の報告と矛盾のない結果である。これらの結果から、今回開発したエリブリンPETプローブが、エリブリンの体内動態の解析に有効であることが示された。

開発したエリブリンPETプローブは、ヒトへのエリブリン投与時に、適切な投与量を推定することに役立つと期待できる。また、乳がんなどの転移が起こった場合に、その場所を可視化するPETプローブとしての利用も可能である。さらに、脳のがん組織の大きさを推定できることから、今後新たな抗がん剤を開発する際に、その効果の推量にも応用できると期待できる。エリブリンPETプローブの医療応用への展開に向けた課題は、病院が保有する自動合成装置で今回の合成法を実施できるようにすること、また一度の合成で得られる放射能量をさらに増加させることが求められる。今後、11Cを導入する手法をさらに高度化し、これらの課題を克服することで、新たな医療の提供につながると期待できる。
(Medister 2023年5月1日 中立元樹)

<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 極めて複雑な合成医薬分子に短寿命核種を導入 抗がん剤エリブリンの炭素11による標識に成功

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