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更新日:2023/01/03

乳がん患者の再発に対する恐怖をスマートフォンアプリを用いて軽減することに世界ではじめて成功

名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学分野の明智龍男教授、愛知県がんセンター乳腺科の岩田広治部長、国立がん研究センターがん対策研究所の内富庸介研究統括、京都大学大学院健康増進・行動学の古川壽亮教授などの共同研究グループは、患者が通院しなくても遠隔的に臨床研究に参加できる分散型臨床試験という新しい臨床研究の基盤を患者市民参画(Patient and Public Involvement: PPI)で開発し、乳がん患者の再発に対する恐怖感を自身のスマートフォンにダウンロードした心理療法のアプリを用いて軽減することに世界で初めて成功した。

現在毎年9万人以上の人々が乳がんに罹患しており、この数は年々上昇している。がん医療の進歩により乳がんの治癒率は改善されており、およそ9割以上の患者が10年以上の生存が可能となっている。一方では、再発すると完治が難しく、多くの患者が再発に対する不安感や恐怖感を経験しており、本症状は日常生活の質を大きく悪化させるもので、6割を超える乳がん患者が再発に対する恐怖を軽減する治療を希望していることがわかっている。

再発に対する恐怖を軽減する治療は、薬剤では有効なものがなく、認知行動療法が期待されていたが、一般的には、「がんになったんだから仕方がない」「どうしようもない」と考えられ、ケアや治療の対象として扱われることはほとんどなく、専門的な治療を提供できる精神科医や心療内科医、公認心理師など医療者の人員不足や、仕事や子育てなどで忙しい患者の負担などの問題もあり、ほとんどの患者が適切な治療を受けることなく、我慢せざるを得ない状況であった。そのため研究チームは、患者自身で認知行動療法を実施できるアプリの開発とその有効性を確認するため本研究を実施した。

先行研究において、スマートフォンで実施可能な認知行動療法のアプリとして問題解決療法アプリ「解決アプリ」と行動活性化療法アプリ「元気アプリ」を京都大学、精神・神経医療研究センターと共同で開発し、乳がん患者の再発に対する恐怖が和らぐ可能性があることを小規模の臨床試験で示した。本臨床試験においては、参加者の募集を、病院でのポスター掲示、リーフレットの配布や各種メーリングリスト、SNS(フェイスブック)、インターネット検索サイトの広告などを用いて行い、その後の研究参加への同意説明や本人確認もすべてデジタルデバイスを用い遠隔で実施する研究の仕組み(分散型臨床試験)を開発して行った。

参加対象は、50歳未満の手術後1年以上再発のない女性の乳がん患者とし、通常の治療に加えてこの2つのアプリを使用する群と使用しない群に無作為に割り付け、8週間後に再発に対する恐怖が和らぐかどうかを検討した。また、患者に研究計画段階から参加させる患者市民参画(Patient and Public Involvement: PPI)も実践した。

「解決アプリ」では、構造化された方法によって、患者の日常生活上の問題を分類し、具体的に達成可能な目標を定める。そして、解決策をブレインストーミングし、解決策のメリットとデメリットを比較して、最終的に実際にやってみたい解決策を選ぶ方法を習得していく。「元気アプリ」では、“行動が変われば気分も変わる”という原理に基づいて、喜びや達成感のある活動をすることの重要性についての学習を行う。そのうえで、やめてしまった楽しい活動や今までやったこともない楽しそうな新しそうな活動を実際にやってみて、その結果を評価するということを繰り返すシンプルな治療法である。

最終的に447人の乳がんの患者が研究に参加し、アプリを使用する群223名とアプリを使用しない群224名に割付けられた。研究に参加した患者の年齢の中央値は45歳で、約半数の方はフルタイムで就労している患者であった。本研究の結果、アプリを使用した患者は、開始から4週後で再発に対する恐怖が統計学的に有意にさがり、その効果は8週後でもそのままみられた。また8週後と24週後時点における再発恐怖に差はみられなかったことから、その効果は24週後も継続している可能性が示唆された。同様の結果が、抑うつと心理的ニード(心理的側面に関するケアの必要性)にもみられた。一部の参加者に聞き取り調査を行った結果、副作用はみられなかった。

2018年に国立がん研究センターが行った患者体験調査では、身体の苦痛や気持ちのつらさを和らげる支援(支持療法)は十分であったと回答したがん患者は全体の43%にとどまっており、我が国におけるがん患者への支持療法は十分であると言える状態ではなかった。がん罹患者数が毎年100万人を超える今、がん患者への支持療法は今後、より不可欠なものになってくる。また、スマートフォンの利用者の増加に伴い、デジタル技術を用いた新しい医療やヘルスケア領域の開発は今後も重要性を増すのではないかと思う。

また今回、分散型臨床試験という新たな研究基盤を開発して研究を行った結果、多くのフルタイムで就労している患者に参加してもらうことができた。これは、がんの治療のみならず、患者の生活の質の向上に必要な支持療法を受けながら、仕事も両立させることを可能とすることを意味している。今後、分散型臨床試験の基盤を広く社会に実装していくことで、患者の負担を、体力的な側面のみならず、時間的にも経済的にも軽減しながら、支持療法の開発を加速することが可能である。また、今回のデジタルデバイスを用いた研究を分散型臨床試験で行う取り組みは、内閣府が提唱する目指すべき未来社会(Society 5.0:サイバー空間[仮想空間]とフィジカル空間[現実空間]を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会)の実現を目指すという目標に合致している。
(Medister 2022年12月26日 中立元樹)

<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 乳がん患者さんの再発に対する恐怖をスマートフォンアプリを用いて軽減することに世界ではじめて成功

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