更新日:2022/08/15
5-FU系抗がん剤の重篤副作用発現に影響する薬物代謝酵素の日本人集団における遺伝的特性を解明
これまで、5-FU系抗がん剤の解毒代謝酵素であるジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)の遺伝子DPYDについて、重篤な副作用発現を予測する遺伝子多型マーカーが、欧米の先行研究で4種類報告されており、既に欧米の治療ガイドラインに記載されている。しかし、DPYD遺伝子多型には著しい民族集団差があり、日本人をはじめとする東アジア人集団では、5-FU系抗がん剤の副作用発現を予測できる遺伝子多型マーカーがなかった。最近、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)による大規模な一般住民集団の全ゲノム解析によって、これまで見落とされてきたDPYD遺伝子多型が数多く同定されてきた。これらの遺伝子多型の中には、日本人集団に特有の5-FU系抗がん剤の体内動態変動を予測する遺伝子多型マーカーが存在する可能性がある。
東北大学未来型医療創成センター(INGEM)の菱沼英史(ひしぬまえいじ)助教と東北大学大学院薬学研究科の平塚真弘(ひらつかまさひろ)准教授(生活習慣病治療薬学分野、ToMMo、INGEM、東北大学病院兼任)らの研究グループは、ToMMoが公開する「日本人全ゲノムリファレンスパネル」を利用して、5-FU系抗がん剤の代謝酵素DPDの41種類の遺伝子多型バリアントタンパク質について、酵素機能に与える影響とそのメカニズムを解明した。
本研究では、ToMMoが構築した日本人3,554人の全ゲノム解析で同定されたDPYD遺伝子多型に対象を拡大し、41種のDPDバリアントについて網羅的な機能解析を行った。その結果、9種類の遺伝子多型でDPD酵素の機能が著しく低下することが明らかとなった。また、酵素機能が低下するメカニズムとして、アミノ酸置換に伴って酵素の複合体形成能が低下することや活性発現に重要な補因子結合部位の立体的構造が変化する可能性を、3次元(3D)シミュレーション解析により明らかにした。
本研究により特定された酵素機能が低下するDPYD遺伝子多型を有する患者は、代謝が遅延することで5-FUの血中濃度が上昇するため、重篤な副作用を発現する可能性がある。 これらの大部分の遺伝子多型は非常に低頻度で、主にアジア人集団のみで同定されており、これまでに有用な副作用予測マーカーが同定されていない民族集団における潜在的な5-FUによる副作用発現の原因であることが示唆される。2022年6月現在、ToMMoでは、全ゲノムリファレンスパネルのデータを14,000人の規模まで拡大しており、新たに同定された遺伝子多型についても現在解析を進めている。本研究の成果は、5-FU系抗がん剤で重篤な副作用が発現する可能性が高い患者を遺伝子多型診断で特定し、個々に最適な個別化がん化学療法を展開する上で、極めて重要な情報となることが期待できる。
本研究では、ToMMoが構築した一般住民バイオバンクの全ゲノム解析情報を活用して、DPYDだけでなく、様々な薬物代謝酵素における約1,000種の組換えバリアントを作製・機能評価を目的としている。これにより、これまで見落とされてきた薬物代謝酵素活性に影響を及ぼす重要な低頻度遺伝子多型を同定し、遺伝子型から表現型を高精度で予測できる薬物応答性予測パネルを構築できると考えられた。さらに今後、薬物代謝酵素の発現量に影響を及ぼすプロモーター・イントロン多型、miRNA、エピゲノム、臨床研究情報等を加えることにより、患者個々の薬物応答性を高精度に予測できるファーマコゲノミクスコンパニオン診断薬の開発や医療実装が期待できる。
(Medister 2022年8月1日 中立元樹)
<参考資料>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース 5-FU系抗がん剤の重篤副作用発現に影響する薬物代謝酵素の日本人集団における遺伝的特性を解明