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更新日:2022/05/08

最多の発がん遺伝子を標的とした治療応用に期待 RAS遺伝子変異による発がんに関わる新たなメカニズムとその弱点を発見し核酸医薬による新規治療を提唱-Nature誌に論文発表-

米国Dana-Farber Cancer Institute(Dr. Pasi A. Jänne)と国立がん研究センター研究所分子病理分野(研究員 小林 祥久)を中心とした国際共同研究チームは、膵臓がん、大腸がん、皮膚がんや肺がんなどさまざまながんで発がんを促進するがん遺伝子であるRAS(KRAS、NRAS、HRAS)遺伝子の変異について、発がんに関わる新たなメカニズムとその弱点を発見し、核酸医薬を用いた新規治療への応用が期待されることを実験で示した。研究成果は、英国時間2022年3月2日付(日本時間3月3日)に国際学術誌「Nature」に掲載された。

がんの薬物療法においては、発がんに関わる遺伝子変異により生じる特定の異常タンパク質を標的とする分子標的治療薬が多数開発され、実際のがん治療に使用されている。RAS遺伝子変異は、代表的な発がん遺伝子であり長年にわたり薬剤開発が試みられているが、いまだ有効な治療薬が一部の変異のみに限られていて、多くの変異に対する有効な薬剤開発には至っていない。

本研究は、がんをはじめとする生物学全般においてこれまであまり研究対象として注目されてこなかったサイレント変異(タンパク質を構成するアミノ酸の変化を伴わない遺伝子変異)が、KRAS Q61K変異の発がんに必須であることを発見した。この発見を契機に、KRAS, NRAS, HRASのコドンQ61周辺は、スプライシングに対して脆弱な領域であることが判明した。これらの発見をもとに、生物に元来備わっているスプライシング機構を核酸医薬で誘導することで、発がん変異を持つがん細胞だけを攻撃する新しい治療法の可能性を細胞実験とマウスの実験から示した(弱点の発見と核酸医薬によるがん治療について米国特許出願済み)。

生物の遺伝情報は、DNAからmRNAに転写され、mRNAの3つずつの塩基配列(コドン)がアミノ酸配列へと翻訳される。さらに、アミノ酸が連なってタンパク質を構成する。DNAの変異には、アミノ酸配列を変える変異と変わらない変異の2種類があり、一般的にはアミノ酸が変わることでがんやさまざまな機能の変化が生じるため、このアミノ酸配列を変える変異ががんをはじめとする生物学全般での研究対象となってきた。一方、アミノ酸配列が変わらない変異の意義は明確になっておらず、あまり注目されていなかった。

RAS(ラス)遺伝子と呼ばれる一群のがん遺伝子には、KRAS(ケーラス)、NRAS(エヌラス)、HRAS(エイチラス)の3種類があり、約3割のがん患者で変異が検出される発生頻度の高いがん遺伝子である。RAS遺伝子の変異自体は数十年前から見つかっていたが、薬剤が結合するポケットがないことなどにより、直接治療標的とすることは困難であった。2021年に初めて米国で、日本では2022年に一部のKRAS遺伝子変異(KRAS G12C変異:コドン12番目のグリシン[G]がシステイン[C]に変わる)のあるがんの増殖を特異的に阻害する画期的な薬が承認された。しかし、KRAS G12C変異のほかに同じ機序を応用できるのは現状では、KRAS G12D変異のみで、他のKRAS変異や、NRAS、HRAS変異に対する有効な薬剤は開発できていなかった。

発がん遺伝子変異または薬剤耐性を起こす変異としてこれまでに報告されてきたKRAS G12C、G12D、Q61K、A146T変異を、CRISPRゲノム編集技術によって肺がん細胞株が持っているKRAS遺伝子に生じさせた。すると、KRAS G12C, G12D, A146T変異は期待通り薬剤耐性を起こしたが、予想外にもKRAS Q61Kだけが全く薬剤耐性を起こさなかった。詳細な解析から、Q61Kのすぐ隣の G60にサイレント変異を伴った場合のみ、薬剤耐性を引き起こすことが判明した。

DNAはエクソンとイントロンが交互に繰り返される配列をしている。DNAからmRNAに転写されてアミノ酸配列へと翻訳される過程の途中で、DNAからまずpre-mRNAができて、pre-mRNAのイントロンを除去してエクソンだけをつなぎ合わせるスプライシングが起こることでmature mRNAができて、その後アミノ酸に翻訳される。

KRAS遺伝子の転写産物には、正常なスプライシングが起こった4Aアイソフォームと、エクソン5がスキップしてしまった(選択的スプライシング)4Bアイソフォームの2種類がある。正常細胞やKRAS G12C, G12D, A146T変異を入れた細胞では従来の4A、4Bアイソフォームが確認されたが、予想外にも薬剤耐性を起こさなかったKRAS Q61K変異のみ(G60Gサイレント変異なし)の細胞では、1.エクソン3のうち112塩基がスキッピングしたアイソフォーム、2.エクソン3全体がスキッピングしたアイソフォームの2種類の転写産物が確認され、これらの異常なスプライシングが起こっていたことが分かった。

また詳細な検討によって、G60Gサイレント変異は1.の異常なスプライシングからがん細胞が自己を守る働きをしていることが判明した。さらに、2.の原因として、KRAS Q61周辺にはスプライシングに対して脆弱な領域、つまり遺伝子変異が生じることによって異常なスプライシングが引き起こされやすい領域であることが分かり、これはKRASに限らずNRASとHRASでも同様であることを発見した。

RAS遺伝子のスプライシングに対する脆弱性を治療に応用するために、人為的に異常なスプライシングを誘導することでがん細胞の発がん蛋白を作れないようにして、がん細胞が増えないようにする治療戦略を考案した。遺伝子変異のあるpre-mRNA配列だけに結合する核酸医薬をデザインして、がん細胞だけで異常なスプライシングを誘導することに成功した。さらに、その治療効果を細胞実験とマウスの実験で示した。

核酸医薬によって変異のあるがん細胞だけを攻撃する新たながん治療の実用化が、今後のさらなる研究によって期待される。スプライシングに対する脆弱性という生物学的な発見は、RAS以外の遺伝子にも応用できる可能性がある。
(Medister 2022年3月28日 中立元樹)

<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 最多の発がん遺伝子を標的とした治療応用に期待RAS遺伝子変異による発がんに関わる新たなメカニズムとその弱点を発見し核酸医薬による新規治療を提唱-Nature誌に論文発表-

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