更新日:2021/04/30
骨肉腫を脂肪細胞へ変化させることに成功
慶應義塾大学医学部整形外科学教室の弘實透助教と国立がん研究センター研究所細胞情報学分野・連携研究室の増田万里主任研究員らの研究グループは、主に小児から青年期に大腿や膝関節周囲の骨に発生する悪性腫瘍である骨肉腫に対する新しい治療法の標的となる分子を発見した。本研究グループはタンパク質リン酸化酵素のTNIK(TRAF2 and NCK-interacting protein kinase)が骨肉腫で高頻度に活性化しており、TNIKの阻害薬が骨肉腫細胞の増殖を抑制するのみならず腫瘍細胞を脂肪細胞に変化させることを、マウスを用いた動物実験で明らかにした。
私たちの体は、異なる役割を持つ様々な細胞から構成されている。例えば皮膚と神経の細胞では形が異なるのみならず、発現している遺伝子や代謝経路も大きく異なる。本研究グループは、多くの患者の腫瘍組織や細胞を解析し、骨肉腫細胞を骨肉腫として維持していくには、TNIKというタンパク質リン酸化酵素が活性化していることが必須であることを見出した。
骨肉腫細胞のTNIK遺伝子の発現を抑制すると、脂肪細胞特有の遺伝子にスイッチが入り、骨肉腫の細胞が脂肪細胞様に変化することが実験で明らかになった。さらに、NCB-0846というTNIKを阻害する薬剤でも同じように遺伝子や代謝経路の切り替えが起こり、マウスに移植した骨肉腫を脂肪組織に変えてしまうことが明らかになった。
薬剤で骨肉腫細胞を安全な脂肪細胞に体内で変換できることを示した初めての研究になる。手術と化学療法を組み合わせることで、骨肉腫の治療成績は近年大きく改善してきた。しかし、肺などの遠隔臓器に転移のある骨肉腫の場合、治療は今日でも困難で、5年生存率は20~30%にとどまっている。また、骨肉腫は頻度が低い希少がんで、治療薬の開発が進んでいないのが現状である。特定の分子を標的とした分子標的治療薬に有効なものはなく、多くの悪性腫瘍で効果が認められている新しい治療薬、免疫チェックポイント阻害薬も効果がないことが明らかになっている。
今回、本研究グループは化学療法が効かなかった患者では化学療法後に強くTNIKが発現していることも見出している。TNIKは、化学療法に抵抗性を示す「がん幹細胞」を誘導することが知られており、TNIKの発現が、化学療法が効かなかった原因となっていた可能性を示している。TNIK阻害薬を治療薬として実用化できれば、今まで治療効果がなかった多くの患者を助けることができ、骨肉腫の臨床に新たな局面がもたらされることが期待される。
(Medister 2021年4月19日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 骨肉腫を脂肪細胞へ変化させることに成功 -TNIK阻害薬活用による新規治療法開発への期待-