更新日:2021/03/16
がんに存在する異常なメッセンジャーRNAの全長構造を同定
東京大学大学院新領域創成科学研究科の関真秀特任助教と鈴木穣教授らのグループは、国立がん研究センター先端医療開発センター免疫療法開発分野・中面哲也分野長らとの共同研究により、ナノポアシークエンサーで肺がんに存在する異常なmRNAの網羅的な同定をして、異常なmRNAから生じるペプチドが免疫細胞に認識されることを示した。
mRNAは、DNAから転写されたあと余分な部分を除くスプラインシングと呼ばれる機構によって成熟型へと加工される。がん細胞では、スプライシング機構や、NMDと呼ばれる不要なRNAを分解する品質管理機構が壊れることなどにより、異常なmRNAが蓄積することが知られていた。しかし、現在よく用いられているシークエンサーは、RNAをばらばらに短くしてから100塩基程度の長さの配列を読み取っていたため、mRNAの全長構造を読み取ることはできず、どのような全長構造を持ったmRNAが存在しているのかは、十分に分かっていなかった。
がん細胞は突然変異によって、正常細胞にない異常なタンパク質を発現するようになる。タンパク質は切断されることで、ペプチドと呼ばれるタンパク質の断片ができる。免疫細胞は、がん細胞にしかないペプチド(ネオアンチゲン)を認識することでがん細胞を見分けて攻撃する。数年前にノーベル賞で話題となったがん免疫療法に使用される免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫を抑制することを阻害する薬であるが、効く患者と効かない患者に分かれることが分かっている。1塩基の突然変異の量(腫瘍遺伝子変異量; TMB)が、ネオアンチゲンの量に比例するため、効くかどうかを予測するための指標として知られていた。しかし、TMBだけでは予測がつかない症例もあることから、それ以外にも新しい指標が必要とされていた。
今回、22種類の肺がんの培養細胞株と7症例の肺がん検体について、ナノポアシークエンサーでDNAに変換したmRNAの全長を読み取ること(全長cDNAシークエンス)で、がんに存在する異常mRNAの全長構造のカタログ化を行った。
次に、異常mRNAが蓄積する理由を探るために、最も異常mRNAの多かった細胞株で突然変異が見られたUPF1遺伝子とがんで高い頻度に突然変異が見られる遺伝子であるSF3B1遺伝子の発現量を低下させて、異常mRNAの蓄積への影響を調べた。UPF1はmRNAの品質管理機構の一つのNMDに関わる遺伝子、SF3B1はmRNAのスプライシングに関わる遺伝子として知られている。全長cDNAシークエンスを行った結果、いずれの遺伝子の発現の低下によっても異常mRNAが蓄積することを示した。
異常mRNAからペプチドができているのかを確認するために、プロテオーム解析を行った結果、いくつかのペプチドについてその存在が確認できた。さらに、異常なmRNAに由来する異常なペプチド配列が免疫細胞に認識されやすいかの予測を行った。その結果、異常なmRNA由来のペプチド配列は、1塩基の突然変異由来のものよりも予測されたスコアが高いものが多いことが示された。ペプチドを免疫細胞に提示する役割を持つHLA遺伝子をヒト型にしたマウスに、17種類のペプチドを注射して、ペプチドに反応する免疫細胞ができたのかをELISpotアッセイで調べた。その結果、半数程度のペプチドについて、反応する免疫細胞ができたことを確認できた。作成した異常mRNAのカタログを利用して、米国のがんゲノムプロジェクトTCGAのデータを調べたところ、NMDの遺伝子に突然変異を持つ肺腺がんの検体で異常mRNAの多い傾向が見られた。
今回、がんの異常mRNAの検出のために、全長cDNAシークエンスが有効であることと、異常mRNAから多数のネオアンチゲンが生じている可能性を示した。異常mRNAの量や異常mRNAに影響を与える遺伝子の突然変異は、がん免疫療法が効くかどうかの新たな指標となる可能性がある。
(Medister 2021年3月1日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース がんに存在する異常なメッセンジャーRNAの全長構造を同定 ―がん免疫療法のための新たな診断基準になる可能性―