更新日:2021/03/16
母親の子宮頸がんが子どもに移行する現象を発見
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院小児腫瘍科(荒川歩医長、小川千登世科長ら)、研究所ゲノム生物学研究分野/先端医療開発センターゲノムTR分野(河野隆志分野長ら)を中心とした、東京慈恵会医科大学、聖路加国際病院、国立研究開発法人国立成育医療研究センター、東邦大学、国立大学法人北海道大学 北海道大学病院からなる研究チームは、2名の小児がん患者の肺がんが母親の子宮頸がんの移行により発症したことを明らかにした。
TOP-GEARプロジェクトは、がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」の有用性を検証するために2013年より中央病院で実施している前向き臨床研究で、2017年からは小児がんも対象とし実施している。「NCCオンコパネル」は、日本人のがんで多く変異が見られる遺伝子114個について、がんの組織と正常の組織を同時に調べることができる。
小児がん患者で肺にがんを持つ男児2名について、同プロジェクトで遺伝子の解析を行ったところ、男児の肺がんには本人以外の遺伝子配列が存在していることが分かった。他人由来の遺伝子が検出された場合、通常は検査の過程で誤って他人の細胞が混じってしまった可能性を疑うが、今回の場合、男児2名の母親はともに子宮頸がんを発症していたことから、男児の肺がんと正常の組織、母親の子宮頸がんと正常の組織について遺伝子を比較した。その結果、男児の肺のがん細胞は2名ともに母親由来の遺伝情報を持っていることが明らかになった。さらに、男児の肺のがん細胞は、本来男性の細胞に存在するY染色体のない女性の細胞であることが判明し、また男児と母親のがんの両方から子宮頸がんの原因となる同じタイプのヒトパピローマウイルスの遺伝子が検出された。これらのことから、男児の肺がんは母親の子宮頸がんが移行して発症したと結論づけた。
母親のがん細胞が、胎盤を通る血液を通して子どもの様々な臓器に移行するケースは皮膚がんなどで知られていた。しかし今回、男児の小児がんは2名とも肺のみに見つかった。子どもは、出産直後に泣くことで呼吸を開始する、この際に羊水を吸い込む。今回のケースは、母親の子宮頸がんのがん細胞が混じった羊水を肺に吸い込むことによって、母親の子宮頸がんのがん細胞が子どもの肺に移行し、小児での肺がんを発症したと考えられる。今回のような羊水の吸入による母親から子どもへのがん細胞の移行は世界で初めての報告となる。
また、今回見つかった小児がん患者の1名は、中央病院で実施している難治小児悪性固形腫瘍に対する医師主導治験でニボルマブが投与され、がんが消失するほどの劇的な効果がみられた。ニボルマブは、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬剤で、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃を強めることによってがん細胞を攻撃し、減少させる。母親由来の細胞は、子にとって自分の細胞ではないことから、子の免疫細胞によって異物と認識される。今回の小児がん患者においては、がん細胞が本人ではなく母親由来であったため、子どもの免疫細胞が、がん細胞を異物として認識し免疫応答が高まったと考えられた。
本研究成果により、小児がんの検査で他人由来の遺伝子配列が検出された場合は、母親のがん由来である可能性と、母親のがんが移行した小児がん患者においては、免疫チェックポイント阻害治療が有望な選択肢になる可能性が示唆された。これらを踏まえ、今後、以下が期待される。また、母親の子宮頸がんの発症を予防することで、母親由来のがんの子どもへの移行の防止にもつながることが期待される。さらに、遺伝子の情報に基づいた小児がんの治療開発の発展が期待できる。
(Medister 2021年2月22日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 母親の子宮頸がんが子どもに移行する現象を発見