更新日:2021/01/04
がん原因遺伝子ELF3のがん進展に関わる新たな機能を解明
大阪大学大学院医学系研究科の鈴木雅美助教、谷内田真一教授(がんゲノム情報学)と国立がん研究センター 先端医療開発センター HPV関連がん予防・治療プロジェクト清野透プロジェクトリーダーらの研究グループは、がん原因遺伝子であるELF3が、がんの転移や浸潤に関わる上皮間葉転換を制御することや免疫細胞の機能を調節することを世界で初めて明らかにした。
ELF3は以前より、上皮細胞の発生の最終段階でその発現を増加させ、正常な上皮組織の維持に重要な役割を担う転写因子であることが知られていた。一方、肺がんや大腸がんではELF3の発現は高く、がんの進展に関わることも明らかにされ、ELF3は臓器や細胞の種類に依存して、がんを抑制する機能と促進させる機能の両方を持つことが分かっていた。このようにELF3は、二面性の機能を有することが推察されるものの、ELF3がどのような遺伝子の発現を制御して、がんの進展に関わるかについては知られていなかった。
本研究では、ゲノム編集技術によりELF3の発現を調節した胆管上皮細胞を用いて網羅的な遺伝子発現解析とクロマチン免疫沈降シーケンス解析を行い、ELF3が直接的に転写を制御する遺伝子の探索を行った。これらの解析から、ELF3のターゲット遺伝子として、上皮間葉転換を担う転写因子である ZEB2および細胞接着に関連する蛋白であるcingulin(シンギュリン)を同定し、ELF3の機能が低下した胆管上皮細胞では、細胞同士の接着を担う構造が乏しいことを電子顕微鏡レベルでも明らかにした。またELF3の発現がない細胞では、細胞の浸潤する能力が高く、がんが転移しやすい細胞に形質変化することを示した。
さらにELF3が免疫細胞を組織に呼び寄せる機能を有するリポオキシゲナーゼという酵素やCXCL16 (chemokine (C-X-C motif) ligand 16) というケモカインの発現の制御を行うことも世界で初めて明らかにした。実際に、ELF3を高発現させた細胞では、リポオキシゲナーゼやCXCL16の発現が高くなり、ナチュラルキラー細胞などの細胞障害性の免疫細胞を呼び寄せる能力も高いことが分かった。さらにELF3を人工的に活性化させた細胞をマウスの皮下に移植した後、がん組織を解析すると、ELF3が活性化したがん組織では、リポオキシゲナーゼやCXCL16の発現増加に加えて、細胞接着を担う蛋白の発現も増加し、多数の明瞭な管腔様構造が認められた。
一方、ELF3を活性化させていないがん組織では、管腔様構造はほとんど認められず、間葉系細胞のマーカーであるビメンチンの発現が高いことが明らかとなった。これは、ELF3の活性化がないがん組織は、転移・浸潤しやすいことを示唆している。また、本解析で明らかにしたELF3関連遺伝子ZEB2、cingulin、リポオキシゲナーゼ、CXCL16が、ヒト胆管がん組織においてもELF3の発現と相関することを明らかにした。
ELF3は日本人に多い胆管系のがんに遺伝子異常が多く見られる。本研究成果により、ELF3の発現に依存したがんの進展機構が世界で初めて明らかとなった。ELF3が不活化変異したがんやELF3の発現の低いがんは、転移浸潤しやすく、悪性度が高いことが示唆された。このようながんに対して、リポオキシゲナーゼやCXCL16の阻害薬が奏効する可能性が考えられ、新規薬剤の開発が期待される。
(Medister 2021年1月4日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース がん原因遺伝子ELF3のがん進展に関わる新たな機能を解明 ~日本人に多い胆管がんなどに対する新規薬剤開発に期待~