更新日:2020/02/03
胃切除術による腸内環境の変化を解明
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授と大阪大学大学院医学系研究科の谷内田真一教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授、国立がん研究センター・中央病院 内視鏡科の斎藤豊科長らの研究グループは、胃がんの治療として胃切除の手術を受けた患者を対象に、凍結便を収集しメタゲノム解析やメタボローム解析を行った。
ヒト一人の細胞数が約37兆個であるのに対し、ヒト一人あたりの腸内細菌数はおよそ40兆個、重さにして約1から1.5 kgとされている。これらの腸内細菌叢の乱れが炎症性腸疾患などさまざまな疾患と関係することが、最近になって分かってきた。また腸内細菌が、胃切除を含むさまざまな治療と関連する可能性があることも報告されている。胃切除は胃がんや重篤な肥満の治療法であり、欧米における肥満の治療のための胃切除手術の場合、術後の体重減少が腸内細菌叢の変化と関連することが報告されている。しかしながら、胃がんの治療のための胃切除による腸内環境への影響は、これまでほとんど明らかになっていなかった。胃切除術後には、低栄養や貧血、ダンピング症候群などの併発症がある。また胃がんの患者は、腸内細菌との関連が指摘されている異時性大腸がんを術後に発症するリスクが高いことが知られている。したがって、胃切除術を受けた患者における腸内環境を探索することは重要と考えられている。
研究グループでは、国立がん研究センター・中央病院 内視鏡科(斎藤豊科長ら)を受診し、大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を受けた106名の受検者(胃切除した患者50人と健常者56人)を対象として、食事などの「生活習慣などに関するアンケート」調査、凍結便、大腸内視鏡検査所見などの臨床情報を収集した。この凍結便に対して、東京工業大学(山田拓司准教授ら)や慶應義塾大学先端生命科学研究所(福田真嗣特任教授ら)と共同で、メタゲノム解析とメタボローム解析を行った。その上で、胃切除した患者50人と健常者56人の腸内細菌叢を比較し胃切除後の患者に特徴的な細菌や代謝物質を探索した。
その結果、胃がんの治療のための胃切除術と、それに伴う消化管の再建が、患者の腸内環境に大きな影響を与えることが明らかになった。これを踏まえて、胃切除後の生理学的な変化が、腸内細菌叢や代謝物質にどのような変化をもたらし、それが術後の病態にどのように影響するのかという、それぞれの変化の関連性について検討した。
本研究で行った解析では、胃切除後の患者は健常者と比較して、腸内細菌の種の豊富さと種の多様性の高さが確認された。これらの違いは、胃切除による腸内環境の変化を反映している可能性がある。その変化の1つとして、胃切除後の患者では、口腔内でよく検出される細菌の相対的な量が多いことが確認された。
胃切除術は、栄養障害、貧血、下痢、ダンピング症候群などを引き起こすなど、術後の患者の代謝に影響を及ぼすことも広く知られている。本研究の解析でも、術後の患者の代謝の変化に関連する、腸内細菌の代謝機能の変化が見られた。例えば、胃切除後の患者では、小腸でのビタミンB12の吸収不足が知られているが、今回の解析でも、ビタミンB12が小腸で吸収されずに大腸まで残り、それを細菌が利用するべく、ビタミンB12の摂取能力を持つ細菌が増加することが観察されていた。
胃がんの患者は、異時性大腸がんを発症するリスクが高いことも報告されている。胃切除後の発がんメカニズムは、散発性大腸がん(通常の大腸がん)とは異なる可能性があるが、本研究では、散発性大腸がんに関連することが知られている細菌の種類や代謝物質が胃切除後に多いことが観察された。研究チームは最近、大腸がんの発生の初期にのみ増加する細菌を同定している(Nature Medicine 2019年6月号)。
今回の解析でも、その1つであるAtopobium parvulumや、発がんの初期から関連することが知られているFusobacterium nucleatumが、胃切除後の患者で増加していることが認められた。特に、胃全摘術を受けた患者では、Fusobacterium nucleatumの量が多いことも確認された。さらに、肝臓がんおよび散発性大腸がんにおいて発がん性が知られているデオキシコール酸も、胃切除後の患者の便中に多く含まれていた。こうした結果は、胃切除後の患者に対する定期的な全身のフォローアップの重要性を示している。
(Medister 2020年2月3日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 胃切除術による腸内環境の変化を解明 胃切除後の合併疾患の克服へ