更新日:2019/12/17
全胞状奇胎の原因を探る細胞モデルを作製―母体を絨毛がんから守るために―
東北大学大学院医学系研究科情報遺伝学分野の高橋聡太大学院生、岡江寛明准教授、有馬隆博教授のグループは、ヒト全胞状奇胎由来胎盤幹細胞(TSmole細胞)株の作製に世界で初めて成功した。
全胞状奇胎は、受精卵から卵子由来の核が消失することによって起こる異常妊娠の一つであり、胎盤を作る主な細胞である栄養膜細胞が異常に増殖するという特徴を持つ。全胞状奇胎のおよそ10% は、侵入奇胎や絨毛がんといった悪性腫瘍に移行することが知られており、臨床上の重大な問題になっている。
通常、ヒトの体の細胞は母親および父親由来の遺伝子を一セットずつ持っており、多くの遺伝子は母親および父親由来の遺伝子の両方が働く。しかし、一部の遺伝子は、母親由来もしくは父親由来の遺伝子のみが働くことが知られている。この現象はゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)と呼ばれ、ヒトには100個以上のインプリント遺伝子が存在することが分かっている。全胞状奇胎の発症には、これらインプリント遺伝子の異常が大きく関わっていると考えられているが、ヒトの栄養膜細胞の培養が困難であったことから、どのインプリント遺伝子が、どのような仕組みで全胞状奇胎を引き起こしているのか、これまで不明のままであった。
本研究では、当研究室で確立したヒト胎盤栄養膜幹(Trophoblast Stem:TS)細胞の培養技術を利用し、ヒト患者の全胞状奇胎の組織からTSmole細胞株を作製することに成功した。健常人由来の正常なTS細胞株とTSmole細胞株の遺伝子の発現を網羅的に比較したところ、大部分の遺伝子の発現パターンは同等であったが、TSmole細胞株ではインプリント遺伝子の異常な発現が観察された。インプリント遺伝子の働きは、特定のDNA領域(アレル特異的メチル化領域)に、メチル化という目印(DNAメチル化)が付くことによって制御されている。このアレル特異的メチル化領域のDNAメチル化を解析した結果、TSmole細胞株では、ほとんどの領域で目印付くのは父親由来であることが分かった。
全胞状奇胎では細胞が異常に増殖することから、TSmole細胞株はTS細胞株より早く増殖することが予想されたが、通常の培養条件では細胞の増殖速度に差は見られなかった。臨床的な研究から、体内で全胞状奇胎の栄養膜細胞は健常人の正常な栄養膜細胞に比べ、重なって増殖する傾向があることが報告されていた。そこで、高い細胞密度で細胞の増殖を調べた結果、TSmole細胞株はTS細胞株よりもよく増殖することが分かった。興味深いことに、TS細胞株では、母親由来の遺伝子のみが働くインプリント遺伝子の一つであるp57KIP2遺伝子(p57KIP2)の発現が、細胞密度が高くなるに従って上昇したが、TSmole細胞株ではp57KIP2はほとんど発現していなかった。p57KIP2は細胞の増殖を抑える機能があること、TSmole細胞株においてp57KIP2を強制的に機能させると細胞の増殖が止まること、p57KIP2を破壊したTS細胞株は高い細胞密度でも増殖が止まらないことから、p57KIP2の機能の抑制が、TSmole細胞株での増殖異常の原因であることが明らかになった。p57KIP2の発現抑制は、絨毛がんのみならず、多くの成人がんにおいても報告されている。よって、本研究で明らかとなったp57KIP2による増殖抑制の仕組みは、多様ながんの発生の理解につながる可能性がある。
(Medister 2019年12月17日 中立元樹)
<参考資料>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース 全胞状奇胎の原因を探る細胞モデルを作製―母体を絨毛がんから守るために―