更新日:2020/11/02
薬剤耐性を克服する個別化医療の開発を目指して、新しい遺伝子スクリーニング研究「LC-SCRUM-TRY」を開始
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院(以下東病院)は、薬剤耐性の機序及び薬剤耐性となった肺がんの特徴を明らかにし、耐性克服を目指した治療開発を推進することを目的に、2020年9月16日より、進行・再発非小細胞肺がん患者を対象に、薬剤耐性遺伝子スクリーニング研究「LC-SCRUM-TRY(エルシースクラムトライ」を始動し、本日9月28日より登録を開始している。
日本における死因の第1位はがんであり、その中で肺がんはがん死亡原因として最多である。肺がんに罹患した患者のうち、約2/3の患者が手術不能の進行がんとして発見され、薬物療法や放射線治療などを受けている。近年、ドライバー遺伝子の発見と、その遺伝子を標的とした分子標的治療の開発、さらに免疫チェックポイント阻害剤の開発により、進行肺がんの予後は大幅に改善してきている。
国立がん研究センターでは、肺がんにおける最適医療(プレシジョン・メディシン)の確立を目指して、2013年に全国肺がん遺伝子スクリーニングネットワーク「LC-SCRUM-Japan」を開始した。2019年から、遺伝子スクリーニング基盤を東アジアへ拡大し、「LC-SCRUM-Asia」として、更に大規模な遺伝子スクリーニングを行っている。LC-SCRUM-Asiaでは、国際的な遺伝子スクリーニング基盤を構築し、これまでドライバー遺伝子陽性肺がんに対する治療薬や診断薬の開発に貢献してきた。
肺がんの治療成績を更に改善し、最適医療を確立するためには、初回治療に耐性となった後の治療開発も重要と考えられる。しかし、薬剤耐性の原因としては、標的遺伝子内で起こる二次的な遺伝子変異や、がん細胞を活性化する他の様々な遺伝子の異常など、多種類の機序が報告されている。加えて、薬剤耐性機序が不明な場合も多くある。現在の肺がん診療では、ドライバー遺伝子の一つであるEGFR遺伝子を標的とする治療において、薬剤耐性の原因の一つであるEGFR遺伝子の二次変異(T790M変異)を調べて、それに対して治療を行うことが可能であるが、それ以外の耐性機序に基づく治療はまだ研究の段階である。
また、現在の遺伝子解析法では複数の遺伝子変化を調べるために多くの時間を要すること、薬剤耐性の原因となる遺伝子変化の多くはそれぞれ希少頻度であることから、耐性機序に基づいた治療開発も未だ十分に進んでいないのが実情である。従って、個々の薬剤耐性機序に基づいた治療薬および診断薬の開発を推進するためには、薬剤耐性後の検体を用いて、複数の遺伝子を同時にかつ迅速に解析する大規模な遺伝子スクリーニング基盤が必要と考えた。
そこで今回新たにLC-SCRUM-Asiaの体制基盤を活用し、国内外100施設以上の協力を得て、薬剤耐性が出現した進行・再発非小細胞肺がん患者に対し、最適な医療を提供するための新しいプロジェクトとしてLC-SCRUM-TRYを立ち上げた。
本研究では、薬剤耐性後の検体(腫瘍組織または血液)を採取し、新たなNGS解析システム「Genexus/OPA」を用いて遺伝子解析をする。Genexus/OPAは、50種類のがん関連遺伝子を、自動解析システムによって約1日で解析可能なNGS解析システムである。現在診療で使われているNGS解析システムは、検体提出から結果報告まで10~20日、あるいはそれ以上を要するため、がんが進行している患者に対して、遺伝子解析結果を次の治療選択に活かすことが困難であった。この新たなNGS解析を用いることで、薬剤耐性後、速やかに原因遺伝子を検索することが可能になる。その結果、本研究で特定の遺伝子異常が見つかった患者さんは、対応する治療薬の臨床試験へ参加できる可能性がある。
本研究により薬剤耐性の克服を目指した治療薬や遺伝子診断薬の開発を推進することで、未治療例だけでなく、治療開始後に薬剤耐性が出現してきた場合でも、遺伝子解析に基づく個別化医療がますます発展していくことが期待される。また、LC-SCRUM-AsiaにもGenexus/OPAを導入して、その性能を評価し、臨床応用を目指す予定である。Genexus/OPAの有用性が確認されれば、気管支鏡や針生検などで得られる進行肺がんの微量な検体を用いて、同時にかつ迅速に複数の遺伝子変化を診断することが可能になるであろう。
(Medister 2020年11月2日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 薬剤耐性を克服する個別化医療の開発を目指して、新しい遺伝子スクリーニング研究「LC-SCRUM-TRY」を開始