
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所(細胞情報研究部門)の工藤千恵講師、河上裕教授らの研究グループは「内因性レトロウイルス(HERV)の一種であるHERV-Hが、癌の転移において重要な役割を果たしている」とした研究成果を、2014年3月3日付の米国癌学会誌「Cancer Research」のオンライン速報にて発表した。
この研究ではまず、HERVの中でもHERV-Hと呼ばれる遺伝子と、大腸癌や膵臓癌などの様々なヒト癌細胞株を用いて、癌細胞の増殖や浸潤・転移への影響について生物学的および免疫学的な解析を行った。次に、ヒト癌細胞株を免疫不全マウスに移植して腫瘍および免疫の動態を解析し、さらに正常な免疫機構を持つマウスにマウス内因性レトロウイルスを発現する癌細胞を移植したモデルにより、siRNA や抗体による治療実験を行った。その後、大腸癌症例の原発巣や転移巣におけるHERV 関連分子の発現に対する病理学的解析を行ったという。
その結果、癌細胞が転移を起こす際にHERV-H 発現を増強させることが分かった。それと同時に、HERV-Hが発現することで、癌細胞の運動能力や浸潤能力が高まり、リンパ節や周囲の臓器に対して転移しやすい状態になること、さらには癌細胞を攻撃する免疫反応に対する抑制効果が増強されることが分かった。これにより、癌細胞の転移が促進されるのではないかと考えられる。
内因性レトロウイルスとはそもそも、進化の過程でヒトのDNAに組み込まれ、現在ではゲノム全体の数%を占めていることが分かっている。通常は不活性化されており、様々な癌細胞において活性化され、発現が増強されることは明らかになっていたが、実際にどのような機能があるのかは謎とされていた。
今回の研究成果により、内因性レトロウイルスの HERV-Hが、癌転移を促している仕組みがほぼ解明されたことになる。癌治療におけるリンパ節転移は、予後への影響も大きい。今後は、HERV-Hを標的とした癌細胞の浸潤・増殖を阻害する治療法への発展が期待されている。
(Medister 2014年3月11日 葛西みゆき)
がん転移―臨床と研究の羅針盤 (細胞工学 別冊)