第1回 大腸がんに対する腹腔鏡手術のパイオニア
練馬光が丘病院
常勤顧問・外科
■専門分野:消化器外科 (大腸、肛門、小腸)、内視鏡外科、外科一般
Q&A
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Q 大腸がん治療の移り変わりについて教えて下さい。
A 私は長年、大腸疾患の治療に携わってきましたが、大腸がんの治療に関していえば、この20年で大きな進歩を遂げました。私が医学部を卒業した頃と現在の大腸がんの治療を比べてみて大きく変わったと感じるのは、がんの進行度によって治療法が選択できるようになったということです。昔の大腸がんの治療は、進行度とは関係なく、早期であっても、進行がんであっても同じ治療、いわゆる画一的な治療が行われていました。しかし、いまではがんの進行の程度によって治療法を選ぶことができます。これは非常に大きな進歩だと思います。そして、直腸がんに対する治療も昔と比べると格段に向上しました。以前、直腸がんの手術といえば、肛門まで切除していた時代がありましたが、今では可能な限り、肛門を温存する手術が行われています。肛門の温存術が可能となったことで、患者さんのQOL(生活の質)は大幅に改善されました。それから、手術以外の治療法、特に薬物療法に関しては、非常に発展したと感じています。薬剤の進歩で、大腸がんの生存率は大きく向上しました。これら主に三つが大腸がん治療における変化だといえるでしょう。 -
Q 大腸がんの治療がこのように向上した背景にはどのような要因があると考えられますか?
A 大腸がんの治療がこのように進歩した背景には、さまざまな要因が考えられます。その中でも大腸がんの病理組織学的研究の発展は大きいといえます。これらの研究によって、非常に早期の大腸がんは転移しないということがわかってきました。また、大腸がん組織の遺伝子の解明が進んだことで、がんのタイプに応じた抗がん剤を選択して治療することができるようになりました。さらに、技術面に関しても、胃カメラや大腸カメラなどで知られる内視鏡(エンドスコピー)を用いての治療ができるようになったことは画期的な進歩だといえます。 -
Q 大腸がんに対する腹腔鏡手術を日本に初めて導入されたとのことですがご苦労もあったのでは?
A 腹腔鏡手術とは、おなかに小さな穴を数カ所開け、専用の器具を挿入して行う手術です。おなかを大きく開ける従来の開腹術と比べると、傷が小さいため、術後の痛みも少なく、回復も早い、からだに負担の少ない治療法として、いまでは多くの施設で行われていますが、腹腔鏡による大腸がんの手術が日本で実施されるようになったのは20年ほど前のことです。私が行った大腸がんに対する腹腔鏡手術が、おそらく日本で2番目の症例だと思います。当時、国内では腹腔鏡を用いた大腸がんの手術は行われていなかったので、その手技を学ぶためアメリカに渡って研修を受けました。そして手技の練習を重ね技術を習得した後に国内で手術を行いました。まだ日本では行われていなかった腹腔鏡による大腸がん手術ということで、不安がなかったわけではありませんが、手術にあたっては十分な準備と計画を立て、もちろん患者さんにも十分に説明をして納得してもらい手術を行いました。 患者さんにとっては低侵襲な手術法ですが、施術する医師にとっては、開腹術と比べると技術の習得が難しく、十分なトレーニングが必要な手術なのです。 -
Q 腹腔鏡手術の技術向上に向けてもご尽力されたとのことですが。
A 腹腔鏡手術は、おなかを開けて直接患部をみながら行う開腹術と異なり、局所は非常によく見えるのですが、全体的な視野を把握することが難しく、高度な技術を必要とします。また器具の使い方も熟知しなければならないなど、開腹術と比べると技術的な習熟という点において大きな課題があるのです。そこで、日本内視鏡外科学会が11年前に創設したのが技術認定制度という制度です。技術認定では、ビデオに録画した手術手技を提出してもらい、審査員が判定を行います。私もこの認定制度への取り組みに関わってきましたが、学会のこれまでの活動や実績は、腹腔鏡手術における技術的レベルの向上に大きく寄与していると思います。 -
Q 大腸がんの手術は何歳まで受けることができるのですか?
A 私が勤務する練馬光が丘病院は地域柄、高齢の患者さんが多く受診されます。私は特に大腸がんを専門としていますが、患者さんの平均年齢は70歳を超えていると思います。80歳の方もいれば、90歳を超えている方もおられます。しかし、高齢だからといって手術ができないということではありません。高齢であっても元気な方もいるため、年齢だけで判断はできないのです。手術を行う上には、年齢という因子に加えて、身体的な合併症を持っているかどうかということがとても重要になります。 -
Q 高齢者の手術で注意する点について教えて下さい。
A 最近は、高齢の患者さんの手術リスクを判断するためのひとつの方法として、脆弱性フレイルティを数値化する試みが行われています。握力や歩く速さ、日常生活のアクティビティなどをスコアリングして、その患者さんが大きな手術に耐えられるかどうかということのひとつの基準として用いられています。高齢になると循環器や呼吸器など内科系の疾患が多くなりますが、内科的な治療の進歩によって、基礎疾患を合併しているような高齢者の場合でも、手術を比較的安全に施行できるケースが増えてきました。当院でも循環器などの疾患を持っていることが多い高齢者の場合には、安全に手術ができるかどうか循環器のドクターとも十分に話し合った上で手術を行っています。そうして見てみると、かなり高齢の方でも手術を受けることが可能であることがわかってきました。 -
Q 診療にあたって心がけていることは?
A これまで長年に渡って大腸がんを中心とした診療を行ってきましたが、日々の診療においては、どうすれば患者さんに病態を正しく理解してもらえるか、そして円滑に治療を進めるにはどうすればいいのか、など苦労することも少なくありませんでした。しかし、そんな中でも大切にしていることは、患者さんに十分に納得してもらった上で、ひとりひとりの患者さんに合ったベストな治療を受けてもらうということです。 -
Q 今後の展望についてお聞かせ下さい。
A 大腸がんの治療はこの数10年で大きく進歩しました。今後も手術療法や化学療法をはじめ、その他の治療法についても向上させ、生存率や無再発生存率などの向上といった大腸がん治療の成績をさらに上げていくための努力が必要だと考えています。
- 略歴
- 練馬光が丘病院常勤顧問・外科。東京大学医学部医学科卒業。医学博士。自治医科大学名誉教授。英国セントマークス病院へ2年間留学。日本外科学会(指導医、専門医、特別会員)。日本消化器外科学会(指導医・専門医・特別会員)。日本内視鏡外科学会(技術認定医、評議員、技術認定委員会顧問、名誉会員)など、役職多数。