<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>コラム | がん治療の情報サイト｜がん治療.com</title>
	<atom:link href="https://www.ganchiryo.com/column/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://www.ganchiryo.com</link>
	<description>がん治療.comとは 癌(がん)治療について、癌(がん)に関する様々な情報を集めて公開しています。癌(がん)に関する専門情報を配信し、癌(がん)患者さん、ご家族の方、ボランティア、医療従事者などが情報交換できるコミュニティーサイトを目指しています。</description>
	<lastBuildDate>Sat, 19 Nov 2022 02:39:08 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	
	<item>
		<title>第6回　前田利家と胆嚢癌</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column06.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column06.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 May 2017 07:26:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[がんとは]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=4019</guid>

					<description><![CDATA[<p>第6回目のお題は胆嚢癌です。 胆嚢は肝臓の下部に位置し、肝臓から十二指腸を繋ぐ胆道の途中にあります。ちなみに胆嚢は胆汁を入れる袋です。時々間違える人がいますが胆汁を作っているのは肝臓です。医学部6年生の時点でこれを勘違い [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column06.php">第6回　前田利家と胆嚢癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px">

<p>第6回目のお題は胆嚢癌です。<br>
胆嚢は肝臓の下部に位置し、肝臓から十二指腸を繋ぐ胆道の途中にあります。ちなみに胆嚢は胆汁を入れる袋です。時々間違える人がいますが胆汁を作っているのは肝臓です。医学部6年生の時点でこれを勘違いしていた同級生のKくん元気かな。十二指腸に食物が入ると、胆嚢は収縮し胆汁が分泌されます。胆汁は脂肪の消化吸収を助ける消化酵素です。胆嚢が無くても胆汁は肝臓から出ているわけですが、胆嚢を取るとタイミング良く胆汁が分泌出来ないため、脂肪を多く取った際に下痢を起こしやすくなる人もいます。<br><br>

それはさておき胆嚢癌は症状が出にくい癌です。また胃などと違い粘膜筋板や粘膜下層がありませんので遠隔転移をおこしやすい。それゆえに症状が出る頃にはもう手遅れの場合が多く予後の悪い癌となっております。進行した場合の症状は胆汁うっ滞による黄疸や、右季肋部痛や食欲不振です。70歳以上の高齢者に多く、胆石症に合併することも多いそうです。早期の胆嚢癌であれば手術で根治が可能です。早期癌は健診エコーなどで偶然に発見されることが多いのでやはり健診は大切ですね。
</p>

<h2>加賀100万石の祖、前田利家</h2>
<p>前田利家は、1538年、荒子川城主の四男として生まれ、信長に小姓として仕えました。信長と言えば蘭丸との関係が有名ですが、利家ともそういう仲だったそうです。信長お気に入りの茶坊主と諍いを起こし、斬り殺したことから信長の怒りを買い一時は浪人となりますが、桶狭間の戦いなどで手柄を挙げ、帰参を許され45歳で能登45万石の大名となります。本能寺の変の後は、柴田勝家につくか豊臣秀吉につくかで迷い、結局は秀吉の臣下となり、五大老になります。元々秀吉とは家族ぐるみのつきあいがあり、四女の豪姫を生まれてすぐに秀吉の養女にするなど親友といえる仲でした。諸大名の信頼も厚く、秀吉亡き後、家康に睨みをきかせることが出来たのは前田利家だったわけですが、秀吉が亡くなった年の秋に利家は体調を崩してしまいます。実は利家、41歳頃から「虫気（腹痛）」にたびたび苦しんでおりました。この腹痛、鶴の吸い物を飲むと悪化したことから、脂っこい食物で起こる胆石発作ではないかと考えられます。翌年の正月には病をおして秀頼の年賀に立ち会った利家ですが、翌年3月に病没いたしました。死の2日前にもまつとしっかりと会話をしていたようなので、脳卒中など神経系の病気ではなかったようです。薄墨色の尿（メラニン尿）が出た記述もあり、肝硬変や、内臓系の癌が疑われる状況で、衰弱して亡くなったそうです。胆嚢癌と断定できるワケではなく恐縮ですが、胆石症に胆嚢癌が合併する確率は2-3％とあまり高くはありませんが、高齢になるとその頻度は上昇します（胆嚢癌に胆石が合併する確率は50-60％です）。長年胆石発作に苦しんだ＋おそらく消化器系の癌ということで、利家の死因は胆嚢癌にしておいて下さい。余談ですが、秀頼がもう少し成長するまで利家が生きて家康を牽制できていたら、歴史が変わったかもしれませんね。<br><br>

＜参考資料＞<br>
<a href="" target="_blank" rel="noopener noreferrer">カルテ拝見　武将の死因　杉浦守邦　東山書房</a><br>
<a href="" target="_blank" rel="noopener noreferrer">戦国武将の死亡診断書　酒井シヅ</a><br>
</p>

<p class="bnrb">
<a href="https://www.ganchiryo.com/type/index08.php" class="bnr_a">胆のうがんの検査・治療はこちら</a>
</p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column06.php">第6回　前田利家と胆嚢癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column06.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第5回　徳川家康と胃がん</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column05.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column05.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 07:25:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[がんとは]]></category>
		<category><![CDATA[胃がん]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=4017</guid>

					<description><![CDATA[<p>第5回目のお題は胃がんです。 かつて日本の癌死亡数の1位は胃がんでした。他の癌が増えてきたため、相対的な死亡割合は低下してきておりますが、それでも死因の2位とメジャーな癌です。 狭義の胃がんは胃粘膜上皮から発生する癌です [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column05.php">第5回　徳川家康と胃がん</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px">

<p>第5回目のお題は胃がんです。<br>
かつて日本の癌死亡数の1位は胃がんでした。他の癌が増えてきたため、相対的な死亡割合は低下してきておりますが、それでも死因の2位とメジャーな癌です。
</p>

<p>狭義の胃がんは胃粘膜上皮から発生する癌です。喫煙、飲酒、塩分摂取で発生率が上がるとされています。またヘリコバクターピロリ菌の感染があるとリスクが上昇することも知られており感染がある方は除菌をお勧めいたします。（1週間の薬剤内服で治療できますよ）5年生存率は胃癌全体で71.4%、StageIで91.2%と早期で治療出来れば大変予後の良い癌です。しかし、初期の胃がんは自覚症状が殆どありません。そのため胃のバリウム検査や胃カメラによる検診を受けることが早期発見につながります。進行すると腹痛や食欲不振が出現するのですが、その症状を他の病気だ！と言い張った武将がおります。
</p>


<h2>没後400年のあの武将！</h2>
<p>幼い頃の人質生活を堪え忍び、ついに天下をとり江戸幕府を開いた男『徳川家康』、狸オヤジのイメージがありますが、実は武勇にすぐれた健康マニアでした。特に弓の名人で知られ、武田軍との戦いでは自ら弓を引き、敵兵を打ち倒した記録が残っております。<br><br>

花柳病（性病）をおそれて遊女を抱かず、鷹狩りや水泳を楽しみ、食事も身体によいとされる玄米を混ぜた飯を食べていました。家康は『和剤局方』という薬剤の書物を常にそばに置き、自分で漢方薬を調合するのが趣味でした。そんな健康オタクな家康も当時流行していた『寸白』という寄生虫に苦しめられておりました。寸白というのは条虫という種類の寄生虫でびろーんと長い虫です。家康は寸白の特効薬である『万病円』という薬を自分で調合し服用していたそうです。<br><br>

さて話は変わりまして、大阪夏の陣。真田幸村の猛攻に一時は切腹を覚悟した家康ですが、無事に大阪城は陥落、豊臣家は滅びました。これで晴れて天下は家康のものとなったのです。その翌年、ほっと一息の家康は田中城で鷹狩りを楽しみ、そこで鯛の天ぷらを食べ過ぎお腹を壊しました。これが死因という話もありますが、死んだのはこの3ヶ月後、かつ一旦回復しておりますので天ぷらによる食中毒が死因ではありません。この後に食欲不振やら胸のつかえなどが出現し、腹部にしこりも触れたことから『胃がん』が家康の死因と考えられます。しかし家康はこれを寄生虫による症状だと思い込み医者の意見を聞き入れずに『万病円』という下剤を愛用し続けました。ちなみに家康に万病円の服用をやめるよう進言した医者は田舎に左遷されております。この時代、胃がんであれば遅かれ早かれ死亡しますが、自己判断が死期を早めた可能性がありますね。ちなみに寸白こと条虫の通称は『サナダムシ』です。これは条虫の形が、九度山に流罪となった真田親子が編んでいたとされる『真田紐』に似ていることから名付けられたという説が有力でありますが、胃がんを寸白のせいだと思った家康が「真田は虫になってまでもこの家康を苦しめる。」と嘆いたのがサナダムシの語源というのもあるそうです。
</p>

<p class="bnrb">
<a href="https://www.ganchiryo.com/type/index05.php" class="bnr_a">胃がんの検査・治療はこちら</a>
</p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column05.php">第5回　徳川家康と胃がん</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column05.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第4回　肺癌～たばこの歴史を中心に～</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column04.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column04.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 07:23:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[がんとは]]></category>
		<category><![CDATA[肺がん]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=4015</guid>

					<description><![CDATA[<p>さて、第4回目は『肺癌』です。・・・実は肺癌で亡くなった武将を探そうとがんばったのですが無理でした。強いて挙げれば、晩年に咳が多かった豊臣秀吉（おそらく腎不全による死去）や喀血があった武田信玄（胃癌か肺結核）あたりかなと [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column04.php">第4回　肺癌～たばこの歴史を中心に～</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px">

<p>さて、第4回目は『肺癌』です。・・・実は肺癌で亡くなった武将を探そうとがんばったのですが無理でした。強いて挙げれば、晩年に咳が多かった豊臣秀吉（おそらく腎不全による死去）や喀血があった武田信玄（胃癌か肺結核）あたりかなと考えましたが、決定打に欠けるため人物をとりあげず、戦国時代に伝来した『タバコ』にスポットを当てみることにいたしました。</p>

<h2>肺癌について</h2>

<p>癌での死亡者数1位が肺癌です。肺癌のほとんどは、気管支、肺胞の一部の細胞が何らかの原因でがん化したものです。肺癌は早期発見が難しく、発見されたときには根治が難しい状態になっている場合が多く死亡率が高い癌となっています。進行すると咳や血痰、息切れ、胸痛、呼吸困難などが起こりますが、肺癌に特有の症状ではありません。気になる症状がある場合は医療機関を受診し、CT検査などを受けて下さい。<br><br>

肺癌になる1番の原因は『タバコ』です。肺内の気道粘膜の上皮は、たばこの成分などの、発癌性物質に晒されると変異を起こしやすく、これが積み重なると癌になります。喫煙者は非喫煙者に比べて肺癌のリスクが4-5倍になり、1日20本以上のヘビースモーカーは、なんと肺癌リスクが10倍になります。本人がたばこを吸わなくても、副流煙でリスクが2-3割増しになるなどたばこはとても有害なものなのです。1日の喫煙本数×年数（喫煙指数）が400を超える方は肺癌のリスクが高いので検診を受けることをおすすめします。タバコは肺癌以外にも食道癌、咽頭癌などのリスク因子です。癌全体で見ましてもリスクが1.5倍になるというデータがありまして、身体に悪いことは明白です。禁煙ができるならそれに超したことはありません。健康保険が使える禁煙補助薬もありますよ！
</p>

<h2>伊達政宗も吸っていた、たばこの歴史は戦国時代から！</h2>

<p>さてここからはたばこの歴史についてお話いたします。タバコの原産は南米です。元々は占いなどの儀式に使われていたようですが、時代が下るにつれ、嗜好品として用いられるようになました。15世紀末、コロンブス隊によってヨーロッパに持ち帰られ、そこから世界に広がりました。日本にタバコが伝来したのは戦国時代と言われております。鉄砲と共に種子島に伝来したって話があるようです。最古の記録は1601年、スペインの修道士が徳川家康にタバコの種とタバコから作った薬献上したもの。喫煙の記録は1609年が最も古いものとなります。この頃はキセルを用いて吸うのが主流でした。<br><br>

初期の頃は非常に高価な薬品として扱われたため武士か富豪くらいしか吸えなかったようです。当初幕府は、傾寄者が「南蛮文化のシンボル」として吸ったり、火事の原因となるため禁止令を出していましたが、幕府や藩の専売としてお金を稼ぐ手段となったため、徐々に規制を緩めました。江戸中期には値下げもあって庶民にも喫煙習慣が広まりました。実は早くもこの時代に喫煙が身体に悪いことを指摘していた人物がいます。養生訓で有名な本草学者、貝原益軒はタバコの毒性や病気の原因となりうること、また習慣性も書物に残しております。凄い先見性ですね。<br><br>

東北の雄、伊達政宗はタバコを薬として1日3回規則正しく吸っていたそうです。第1回で述べたように政宗の死因は食道癌（または胃癌）およびそれに伴う癌性腹膜炎と考えられます。喫煙は食道癌のリスクを2～5倍に高めるという研究結果もあり、政宗の死にはタバコが関わっていたのかもしれませんね。タバコを一服という表現は、薬であったことの名残と考えられますが、タバコは身体に毒ですので控えられることをお勧めいたします。</p>

<p class="bnrb">
<a href="https://www.ganchiryo.com/type/index10.php" class="bnr_a">肺がんの検査・治療はこちら</a>
</p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column04.php">第4回　肺癌～たばこの歴史を中心に～</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column04.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第3回　肝臓癌</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column03.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column03.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 07:20:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[がんとは]]></category>
		<category><![CDATA[肝細胞がん]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=4013</guid>

					<description><![CDATA[<p>さて第3回目のお題は「肝臓癌」。肝臓は沈黙の臓器と言われるほど我慢強いので肝臓癌で亡くなったと断言できる武将はおりません。が、おそらく「肝疾患」が原因で死去したと思われる武将もいます。後半に出て参りますのでしばしお待ち下 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column03.php">第3回　肝臓癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px">
<p>さて第3回目のお題は「肝臓癌」。肝臓は沈黙の臓器と言われるほど我慢強いので肝臓癌で亡くなったと断言できる武将はおりません。が、おそらく「肝疾患」が原因で死去したと思われる武将もいます。後半に出て参りますのでしばしお待ち下さいませ。</p>

<h2>肝臓の働きをおさらいしましょう。</h2>
<p>肝臓は腹部の右上にあり重さは1～1.5kg、内臓の中では最大の臓器ですがさてどんな仕事をしているのでしょうか？肝臓をいたわるために「休肝日」って言葉もあるからアルコールの分解？はい、それも仕事の１つです。順をおって見ていきましょう。<br><br>

・消化酵素「胆汁酸」を作る。<br>
胆汁酸は脂肪の吸収を助ける酵素ですが、肝臓で作られます。胆とついておりますが、胆嚢は胆汁を作る臓器ではなく貯蔵しておく袋です。<br>
・糖を蓄える<br>
肝臓は糖のリザーバーとして活躍しております。余分なグルコースをグリコーゲンとして蓄え、必要に応じてまた糖に戻して血糖値を調整します。そのため肝臓が悪くなると血糖値の上下変動が大きくなります。<br>
・脂質の代謝<br>
脂肪を分解しエネルギーにします。<br>
・コレステロールを作る<br>
・アルブミンなどのタンパク質を作る<br>
・アルコールや薬物を分解する。<br>
他にも細かい仕事がありますが長くなるのでこの辺にしときます。あまり目立ちませんがたくさんの仕事をしていることがお分かり頂けたでしょうか。</p>

<h2>肝臓癌の原因</h2>
<p>冒頭にアルコールがうんぬんと書きましたが、肝臓癌の原因で最多のものは「肝炎ウイルス」の持続感染（慢性肝炎）です。日本では肝細胞癌の原因の90％はウイルスによる慢性肝炎です。（特にC型肝炎は慢性化しやすいため、内訳を見ますとB型肝炎20％、C型肝炎80％となっております。）残りの10％がアルコール性肝炎や脂肪肝、薬物性や自己免疫性肝炎などとなっております。肝臓が慢性的なダメージを受ける病気を母体に肝臓癌が発生するんですね。<br><br>

C型肝炎を例に取りますと急性肝炎→（7割の方が）慢性肝炎→肝硬変→肝臓癌と進行していき、年数がたつほど発がん率が上昇していきます。B型肝炎も慢性化した場合は似た経過をとりますが、肝硬変以前でも癌が発生することもままあるので要注意です。</p>

<h2>慢性肝炎の治療は進化しております。</h2>
<p>慢性肝炎だと発癌リスクが高い！・・・しかし裏を返せば慢性肝炎を治療すればリスクがぐっと下がるということなのです。C型肝炎の治療について、少し前までは入院してインターフェロンの注射をして・・・と費用も時間もかかっていましたが、飲み薬だけでの治療が我が国でも行えるようになりました。とても高価な薬ではありますが、C型肝炎の治療に関しましては所得に応じた医療補助制度がありますので、健診などでウイルス肝炎を指摘された方は、ぜひ病院や自治体の窓口で相談して下さい。肝炎ウイルスに感染しているかどうかの検査も自治体によっては市町村の健康診断の項目として無料または安価に行える場合がありますし、血液で簡単に行えますのでかかりつけ医に相談するのもよいでしょう。<br><br>

万が一肝臓癌になった場合でも、早期であれば治療の選択肢も多くあります。肝臓は再生能力が高く、病気があっても症状が出にくい臓器です。腹部エコーなどで定期的な検査を受けることをおすすめします。</p>

<h2>お酒と言えば福島正則</h2>
<p>福岡県の民謡「黒田節」、一節は“酒は呑め呑め呑むならば 日の本一のこの槍を 呑みとるほどに呑むならば これぞまことの黒田武士（くろだぶし）”ですね。これは黒田長政の家臣、母里多兵衛が大盃に盛られた酒を飲み干し、見事に日本一の槍である日本号を手に入れた逸話に基づくわけですが、では槍をとられたお相手はと申しますと「福島正則」でございます。<br><br>

福島正則は豊臣秀吉の母方の従兄弟にあたり、その縁で秀吉の小姓として仕えはじめました。戦に出ては勇猛な武将で、秀吉が柴田勝家を破った賤ヶ岳の戦いでは一番槍の活躍で5000石を与えられました。その後豊臣政権下で清洲24万石の大名となりますが、石田三成と仲違いをし、関ヶ原では東軍につき安芸広島藩50万石の領地を得ました。しかし、豊臣恩顧の正則を警戒した幕府に色々と難癖をつけられます。1619年には、広島城の無断修繕を咎められ川中島と魚沼4万5千石に移封されてしまいます。正則は息子に家督を譲り出家しますがその2年後に息子が早世。正則自身は1624年に64歳でその生涯を閉じています。晩年の記録が少ないために死因はわかりませんが、アルコールで酩酊して家臣を切腹させた話や、母里多兵衛へのアルコールハラスメントを考えると肝臓を壊して亡くなった可能性も大いにあります。</p>

<h3>西軍を裏切った小早川秀秋。死因は大谷吉継の亡霊ではなく・・・</h3>
<p>小早川秀秋は秀吉の甥にあたりますが、小早川家へ養子に出されてしまいます。関ヶ原では徳川家康と内通し西軍のはずが東軍へ。結果、西軍は敗れ大谷吉継は彼の陣に向かって｢人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん｣と言い残し切腹をしたという伝説があります。それから2年後、秀秋は21歳の若さで亡くなったため人々は吉継の怨霊がとり殺したのだと噂しました。実は秀秋、14，5の頃から大酒家で18歳の時の診療記録に「酒疸（アルコールによる黄疸）」とあり、19歳の時の記録には「酒渇（飲酒によるのどの渇き）」や血尿といった記載があります。秀秋の死因は怨霊ではなく不摂生のようですね。
</p>

<p class="bnrb">
<a href="https://www.ganchiryo.com/type/index07.php" class="bnr_a">肝がんの検査・治療はこちら</a>
</p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column03.php">第3回　肝臓癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column03.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第2回　大腸癌</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column02.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column02.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 07:15:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[がんとは]]></category>
		<category><![CDATA[大腸がん]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=4011</guid>

					<description><![CDATA[<p>第2回は大腸癌。癌の中では最も患者数が多く、死因別でも癌の中で2位に入る病気です。 「大腸」について 大腸は消化管の一部で、小腸と肛門の間の部分です。長さは約2メートルで小腸側から「盲腸」「結腸」「直腸」と呼ばれます。主 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column02.php">第2回　大腸癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px">
<p>第2回は大腸癌。癌の中では最も患者数が多く、死因別でも癌の中で2位に入る病気です。</p>

<h2>「大腸」について</h2>
<p>大腸は消化管の一部で、小腸と肛門の間の部分です。長さは約2メートルで小腸側から「盲腸」「結腸」「直腸」と呼ばれます。主に水分を吸収する役目を持ちます。</p>

<h2>大腸癌の検査と治療</h2>
<p>大腸癌は殆どが腺癌で、大きくなれば血便や通過障害などの症状が出てきますが初期には無症状の場合が大半です。特に病変が盲腸やそれに続く上行結腸の場合はより症状が出にくくなります。大腸癌は初期に発見できれば予後の良い癌です。そのため検診での早期発見が重要となります。大腸癌検診で用いるのは「便潜血反応」で便の中に血液が混じっているかどうかを調べる検査です。実はこれで引っかかっても大腸癌である可能性はかなり低いのですが、便潜血の検査は“便を提出する”という危険を伴わず、安価な検査であるためスクリーニングに適しております。ここで陽性となった場合は二次検査として「バリウムによる注腸検査」や「大腸内視鏡検査」を行います。<br><br>
治療は病期によって異なりますが、転移のない浅い癌であれば内視鏡的に切除、侵攻している場合は外科的に切除となります。化学療法や放射線療法を併せておこなう場合もあります。</p>


<h2>大腸癌かは分かりませんが「尻はす」で死んだ宇喜多直家</h2>
<p>大腸癌だったと言い切れる武将は知らないのですが1人あやしい方がいます。それが「宇喜多直家」、謀略や暗殺を得意とした梟雄です。<br><br>

宇喜多直家は享禄2年（1529年）備前の生まれです。宇喜多家は備前国で守護代を務める浦上氏の家臣でしたが、家中のゴタゴタに巻き込まれて直家の祖父が暗殺されると直家は居城を追われ6歳から流浪生活を送ります。幼少期に心に傷を負ったせいでしょうか、再び浦上家に仕えるようになった直家は「暗殺」街道をバク進いたします。舅に謀反の疑いをかけ殺したり、娘の嫁ぎ先を攻め滅ぼしたり、スナイパー雇って暗殺したり、毒殺したりととにかく黒い作戦を駆使して最期は主君を追い出し備前を手に入れました。こんなに人の恨みをかっていれば暗殺されそうなところですが死因は病死です。備前軍記からその箇所を引用してみましょう。<br><br>

『或説に、直家の腫物は、尻はすといふものにて、膿血出づることおびただし。是をひたし取り、衣類を城下の川へ流し捨つるを、川下の額が瀬にて、乞食共度々拾ひけるに、二月中旬より、此穢れたる衣類流れざるより、直家はや死去ありしといふ事を、外にて推量して、皆之を沙汰しけるとぞ。』<br><br>

直家の死因は「尻はす」と呼ばれる腫れ物で、膿の混じった血が出る病気のようです。それ以上のことは分かりませんが尻を文字通りに肛門ととるのであれば大腸癌が疑われますよね！直家は天正9年（1581年）に53歳で亡くなりました。息子の秀家は豊臣政権で五大老になりますが、関ヶ原で破れ流罪となり大名としての宇喜多家は滅びました。<br>
（馬渕まり）
<br><br>

＜参考資料＞<br>
<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%85%B8%E7%99%8C" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ウィキペディア　大腸癌</a><br>
<a href="http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20150428.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="broken_link">国立がん研究センター　2015年のがん罹患数、死亡数予測</a><br>
</p>
<br>
<p class="bnrb">
<a href="../type/index06.php" class="bnr_a">大腸がんの検査／治療はこちら</a>
</p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column02.php">第2回　大腸癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column02.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>戦国武将と癌</title>
		<link>https://www.ganchiryo.com/column/column01.php</link>
					<comments>https://www.ganchiryo.com/column/column01.php#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[ghweb]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Mar 2017 11:18:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ganchiryo.mixh.jp/ganchiryo_OLD/topics/?p=17</guid>

					<description><![CDATA[<p>初めまして！馬渕まりと申します。私、本業は内科医ですが歴女医としまして歴史上の人物の病気や死因などを診断することを趣味としております。 さて、この度「がん治療.com」よりご依頼を頂きまして癌に関するコラムを執筆すること [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column01.php">戦国武将と癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="clearfix"><img decoding="async" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2020/05/mari.png" style="float:right; margin: 0 10px 10px;" width="150px"><p>初めまして！馬渕まりと申します。私、本業は内科医ですが歴女医としまして歴史上の人物の病気や死因などを診断することを趣味としております。<br>
さて、この度「がん治療.com」よりご依頼を頂きまして癌に関するコラムを執筆することになりました。歴史を交えまして気分転換になるような話にしようと思いますのでよろしくお願いします。
</p></div>

<h2>癌ってそもそも何？</h2><p>癌という名前を知らない人は殆どいないと思いますが、どんな病気なの？どうして起こるの？という質問になるとぐっと難易度があがります。癌ができる場所により症状は様々ですが、発生原因はどの癌も同じで、「遺伝子（細胞の設計図）に傷が付く」ことです。普通の細胞は増えすぎないように出来ているのですが、遺伝子に傷が付くと「ブレーキが壊れて、アクセルを踏みっぱなし」のような状態になり細胞がどんどん増えていきます。増えすぎた結果、周りの組織を傷つけていくのです。しかもその細胞は正常の細胞と違ってまともな仕事をしません。仕事をしないくせに栄養だけはしっかりかすめ取っていきます。給料だけをもらい働かない、しかも他人の邪魔をする社員が増えた会社はどうなりますか？潰れますよね。これが癌の怖いところです。</p>

<h2>どうして遺伝子に傷が付くの？</h2><p>遺伝子を傷つける原因は食生活や生活習慣や環境、免疫低下など様々なものがありますが、「加齢」というのも重要な因子です。癌になる年齢を考えると、もちろん若い人でも癌になるわけですが罹病率は60歳頃から目に見えて増え、80歳代になると激増します。近年「癌での死亡が増加している」というニュースを耳にしますが、現代の環境が極端に癌を誘発するものなったわけではなく「医療が進歩し、他の病気で死ななくなり平均寿命が延びたため、癌にかかる年齢まで生きられる人が増えた」のが1番の理由です。</p><p>最初にこんなことを書いた理由はズバリ言い訳です。私が得意とする戦国時代は、そもそも癌になる寿命まで長生きできる人は少なく、癌になる前に死んでいます。加えて診断技術も乏しいことから「癌で死んでも分からない」わけでして・・・。それならこんな連載始めるなよ！とのお声が聞こえてきそうですけれども、文献を紐解くと「癌で死んだと思われる」人物は何人かおります。あくまで推測の域をでませんが「戦国武将と癌」のはじまりはじまり～。</p>

<h2>伊達政宗の最後は癌性腹膜炎、されど最後まで伊達男。</h2>
<p><img decoding="async" style="float: right; margin: 0 10px 10px;" src="https://www.ganchiryo.com/wp-content/uploads/2017/03/20160727pict01.jpg" width="150px" /></p><p>大河ドラマ『独眼竜政宗』で知名度が全国区になった伊達政宗は、陸奥に勢力をもつ豪族の家に永禄10年（1567年）に生まれました。幼い頃に天然痘にかかり、一命は取り留めたものの、右眼を失ってしまいます。そのため内気な性格の少年だったようですが、青年期に入るとガラリと変貌、15歳の初陣でも手柄を挙げ、18歳で家督を継ぐとわずか4年で周りの諸侯を下し南奥州を支配下に置きました。しかし、この段階で豊臣秀吉がほぼ全国を統一、秀吉の傘下となるのですが、この時、小田原攻めの最中に死に装束で秀吉に会った話は有名ですね。その後、天正19年（1591年）に大崎一揆を扇動していた件で米沢から国替えとなりますが、関ヶ原では東軍に付き、仙台藩62万石の藩祖となりました。</p><p>さて、そんな政宗ですが、寛永11年（1634年）、68歳頃より食欲不振や嚥下時のつっかえ感を覚えるようになりました。今なら胃カメラの検査をするところですが、当時はそんなものはありません。その2年後、江戸に参勤交代する途中で病状が悪化し、郡山からは嚥下困難に嘔吐が伴い何も食べられなくなったそうです。江戸に着く頃には腹に腫れ物が生じ、家来にこよりで測らせたところ116.7㎝もあったそうです。相当量の腹水が溜まっていた模様。それでも政宗は絶食状態で約1ヶ月を過ごし、死の4日前に伊達藩上屋敷に家光が見舞いに訪れた時は行水をして身なりを整えて迎えたそうです。享年70。経過から食道癌（または胃がん）とそれに伴う癌性腹膜炎と推測されます。政宗の像や肖像画には小さめですが右眼がきちんとあります、それは彼が「病気とは言え親からもらった右眼を無くしたのは不孝である。像を描くときは両眼を描くように。」と遺言を残したからだそうです。このあたりの話は自書の『戦国診察室（SPP出版）』にも書いておりますのでよろしければご購入くださいね～。<br />（馬渕まり）</p><p>&nbsp;</p><p class="bnrb"><a class="bnr_a" href="../type/index04.php">食道がんの検査／治療はこちら</a> <a class="bnr_a" href="../type/index05.php">胃がんの検査／治療はこちら</a></p><p>The post <a href="https://www.ganchiryo.com/column/column01.php">戦国武将と癌</a> first appeared on <a href="https://www.ganchiryo.com">がん治療の情報サイト｜がん治療.com</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://www.ganchiryo.com/column/column01.php/feed</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
