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乳がんタモキシフェン療法の遺伝子型に基づく個別化治療は必要か?

国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院の藤原康弘副院長(当時)[現医薬品医療機器総合機構理事長]、田村研治乳腺・腫瘍内科長、慶應義塾大学医学部谷川原祐介臨床薬剤学教室教授、今村知世同講師(当時)[現昭和大学先端がん治療研究所准教授]、国立研究開発法人理化学研究所莚田泰誠ファーマコゲノミクス研究チームリーダーらの研究グループは、全国54施設との共同で、乳がんタモキシフェン療法における遺伝子型に基づく個別化治療の有効性について世界初の前向き注1無作為化比較試験を実施した。その結果、タモキシフェンを体内で活性化する酵素CYP2D6の低活性遺伝子型を有する患者に対して、タモキシフェン増量による治療効果の向上は認めず、遺伝子型に基づく用量個別化は不要との結論に達した。

ホルモン受容体陽性乳がんは、がん細胞の増殖にエストロゲン(女性ホルモン)を必要とすることが知られている。このため、この女性ホルモンの分泌を抑えたり、働きを妨げたりする治療薬(ホルモン療法薬)が、この乳がんの治療薬として用いられている。

タモキシフェンはホルモン療法薬の1種で、ホルモン受容体乳がんの手術後の再発を抑える治療や転移のある方の病勢を抑える治療として用いられる。ただし、患者がこのタモキシフェンを内服しても、タモキシフェンはそのままではほとんど乳がんに対して働かず、体内の肝臓にあるCYP2D6という酵素により、タモキシフェンがより有効な形(代謝産物であるエンドキシフェンと4-OH-タモキシフェン)に変換されることでがんに対する効果を発揮する。このCYP2D6の活性には民族差や個人差があり、特に日本人においては約7割で遺伝的に活性が低く、欧米白人の5割に比べて頻度が高いことが知られている。

タモキシフェン療法とCYP2D6の活性との関連については、2005年に米国の研究チームが後ろ向き研究によってCYP2D6活性が遺伝的に低い人はタモキシフェンによる治療効果が劣るという仮説を発表して以来、これまで70報以上の研究論文が発表されたものの肯定する結果と否定する結果の相反する報告が併存し、タモキシフェンの内服量を多くする方が良いのではないかという仮説も提唱されるなど、乳がん領域における長年の課題となっていた。

低代謝活性という遺伝素因を有する患者にとってタモキシフェン療法の標準的な治療(内服量)が不利益であるならば、特に日本人において大きな問題となる。このような背景から、研究チームはCYP2D6低代謝活性の遺伝子を有する乳がん患者を対象として、増量治療の治療効果の方が高いのではないかという仮説に基づき、従来の標準的なタモキシフェン治療と2倍量の増量治療とを前向きに比較することで、個別化治療の必要性について研究した。

ホルモン受容体陽性転移・再発乳がん(一次治療)患者を対象とし、CYP2D6遺伝子検査に基づいて、低代謝活性の遺伝素因を有する患者を無作為に2群に分け、一方は標準用量20mgタモキシフェンで治療し、他方は40mgに増量して治療を行った。2012年12月から2016年7月までの間に186名の患者が登録された。主要評価項目は試験治療開始後6か月時点での増悪の有無とし、副次的評価項目として活性代謝物の血中濃度と有効性の関連性や無増悪生存期間を評価した。

登録された186名において、代謝活性が低い遺伝子型を保有していた136例のうち70例が40mg投与群、66例が20mg投与群に割り付けられた。また、代謝活性が高い遺伝子型を保有していた48例は標準用量20mgにて治療を行うものの主要評価項目では比較対象外とされた。残り2例は割り付け前の有害事象発現のため試験を継続できなかった。

CYP2D6低活性型の遺伝子を有する乳がん患者において、タモキシフェンの用量を増やしても治療効果の向上には至らなかった。すなわち、CYP2D6遺伝子多型だけでタモキシフェン治療効果の個人差を説明することはできず、よってCYP2D6遺伝子型に基づく用量個別化は不要との結論に到達した。
(Medister 2020年4月13日 中立元樹)

<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 乳がんタモキシフェン療法の遺伝子型に基づく個別化治療は必要か? -世界初の前向き臨床試験で長年の論争に決着- 日本人に多い低代謝活性遺伝子型は治療上の不利益とはならないことを確認

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