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悪性脳腫瘍に対する日本発放射性治療薬の製剤化に成功

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(以下「量研」という)放射線医学総合研究所(以下「放医研」という)吉井幸恵主幹研究員らは、日本発の放射性治療薬64Cu-ATSMの製剤化に成功し、国立研究開発法人国立がん研究センター栗原宏明医長・成田善孝科長らと共同で、64Cu-ATSMを治療目的で、世界で初めて人へ投与するファースト・イン・ヒューマン試験として、悪性脳腫瘍の患者を対象に第I相臨床試験を開始した。

頭蓋内に悪性腫瘍が発生する悪性脳腫瘍には、神経膠腫、中枢神経系悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍、悪性髄膜腫などがある。これらの悪性脳腫瘍の治療において、既存の治療法(外科手術、放射線治療、化学療法等)では十分な効果が得られず、再発した場合の有効な治療法は確立していないのが現状である。その原因として、悪性腫瘍は活発に増殖するため血管新生が追い付かず、酸素の供給が乏しい低酸素環境になり、低酸素環境に置かれた悪性腫瘍においては既存治療法の効果が弱まってしまうことが知られている。

これに対し、1997年に藤林康久上席研究員(量研放医研、当時は京都大学)は、低酸素標的放射性薬剤としてCu-ATSMを初めて合成し、その特性を報告した。その後、国内外で同薬剤の開発が進み、量研放医研では、分子イメージング診断・治療研究部の吉井幸恵主幹研究員、東達也部長らが中心となり、悪性脳腫瘍がん細胞株移植(CDX)モデル等を用いた非臨床試験で64Cu-ATSMが低酸素状態にある悪性脳腫瘍の増殖を抑制し、生存率を改善することを明らかにしてきた。

また、64Cuは、ベータ線の他に、がん細胞DNAをより効果的に損傷できるオージェ電子も放出するため、64Cu-ATSMはがん細胞に対し高い治療効果を発揮することも明らかになっている。こうした背景から、開発した64Cu-ATSMが現在有効な治療法のない悪性脳腫瘍に対する新たな治療薬となることが期待され、国立がん研究センターと量研放医研は、64Cu-ATSM治療の臨床試験の準備をしてきた。

量研放医研では、標識薬剤開発部の鈴木寿主任研究員、橋本裕輝薬剤師、河村和紀チームリーダー、張明栄部長、および信頼性保証監査室の脇厚生室長らが中心となり、64Cu-ATSMを治療目的の治験で使用するために適した薬剤組成・安定的な製造方法・品質試験方法等を詳細に検討し、放射性治療薬として、64Cu-ATSMを製剤化し、安定的に供給することに成功した。

また、国立がん研究センター中央病院の栗原宏明医長・成田善孝科長らのグループは、量研放医研にて製造・供給された64Cu-ATSM治験薬を用い、標準治療終了後に再発した悪性脳腫瘍(膠芽腫、原発性中枢神経系悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍、悪性髄膜腫)患者を対象とした第I相臨床試験を開始した。本試験は、64Cu-ATSMを治療目的で、世界で初めて人へ投与するファースト・イン・ヒューマン試験となる。これまでに、日本で治験用に放射性治療薬を製造・供給した事例はなく、今回が初となるとともに、日本初の国産放射性治療薬を用いた治験の実施となる。

64Cu-ATSM治療は、放射性治療薬を投与して体内から低酸素化した治療抵抗性腫瘍を攻撃する、新しいメカニズムの治療法である。今回始まった第I相臨床試験並びに今後行われる臨床試験を踏まえ、64Cu-ATSMの安全性・有効性が示されれば、現在有効な治療法のない悪性脳腫瘍の患者に対し、新たな治療の選択肢を提供できる可能性があるとして期待される。
(Medister 2018年7月31日 中立元樹)

<参考資料>
国立がん研究センター 悪性脳腫瘍に対する日本発放射性治療薬の製剤化に成功 日本で初めて放射性治療薬を第I相臨床試験に製造・供給

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