更新日:2023/08/20
AIで早期胃がんの範囲診断が可能に-内視鏡専門医の診断精度に迫る-
理化学研究所(理研)光量子工学研究センター画像情報処理研究チームの竹本智子研究員、横田秀夫チームリーダー(情報統合本部先端データサイエンスプロジェクト副プロジェクトリーダー)、国立がん研究センター東病院消化管内視鏡科の矢野友規科長、堀圭介医員(研究当時)らの共同研究チームは、内視鏡専門医の診断精度に迫る早期胃がんの自動範囲診断AIを確立した。
胃がんに関する内視鏡検査に機械学習を導入した医師の診断支援の取り組みが始まっている。大腸内視鏡を対象とした診断支援AIについて多くの研究成果が世界的に報告され、日本でも医薬品医療機器等法に基づく承認を取得し、実用化が始まったものもある。しかし、特に早期の胃がんでは、大腸内視鏡の診断支援AIほどの成果は得られていなかった。一般に、AIの学習には大量の学習用データが必要となるが、早期胃がんは消化器内視鏡の専門医であっても発見が難しく、学習用データの作成に多くの時間がかかるという問題があったからである。
この問題に対し、共同研究グループは先行研究において、少数のデータで病変特徴を効率的に学習できるAIを提案し、早期胃がんのおおよその領域を自動検出することに成功した。一方で、実際の臨床現場では、早期の胃がんの標準治療となりつつある内視鏡的切除術に向け、切除すべき範囲を正確に同定する必要があることから、おおよその領域検出では将来の実用化には不十分であった。
共同研究チームは早期胃がんの範囲診断に向け、画像の1画素単位で病変の存在確率を予測できるAIを構築した。このAIでは、先行研究での小規模なデータを効率的に学習できる機能を維持し、消化器内視鏡の専門医が病変領域を正確にアノテーションした「がん画像」150枚、がんが含まれない「正常画像」150枚の計300枚を基にした学習を実現している。これらの画像は、国立がん研究センター東病院で約1年間に収集された連続68症例から、無作為に抽出されたものである。データ拡張などによって約113万枚に増やした上で、早期胃がんの表面性状や色調などの細かな画像特徴を、ディープラーニングの一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNN)で学習できるようにしている。
学習済みのCNNでは、新たな入力画像に対して病変の存在確率を1画素単位で予測する。本研究では、予測したい画像を複数に分割してからCNNに入力し、複数回の予測結果を重ね合わせて予測の高精度化を図っている。具体的には、範囲診断したい内視鏡画像を約1,600個のブロックに分割し、ブロックごとでの病変の存在確率を予測する。予測結果を重み付け関数に従って重ね合わせることよって、各画素の予測は最大で約1,600回となり、予測精度が大幅に向上した。ブロック分割数と予測精度は比例する一方で、分割数と予測時間は反比例することから、将来の検診や日常診療などにおいては、予測性能とリアルタイム性のどちらを重視するかなど、目的によってブロック数を決定した上で、予測することが可能である。
構築したAIを、学習用データとは別の約1年間に収集された連続137症例(がん画像462枚、正常画像396枚)を使って評価したところ、がん画像387枚(83.8%)、正常画像307枚(77.5%)で早期胃がんの有無を正しく判定したことが分かった。陽性的中率は81.3%、陰性的中率は80.4%でした。症例ベースでは、130例(94.9%)で病変の有無を正しく判定した。また、専門医が内視鏡検査後の病理診断を参照して作成した正確な範囲診断と、AIによる予測領域とを比較したところ、IoUと呼ばれる正解領域と予測領域の一致度について、その評価指標の一種であるmIoUで66.5%を獲得した。
また予備調査として、AIが画像中で胃がんの存在を正しく判定したがん画像387枚のうち、無作為に抽出した38枚に対し、6名の消化器内視鏡専門医とAIによる病変の検出能、および範囲診断を比較した。なお、日常診療では医師は拡大内視鏡やNBI内視鏡を併用することが多いが、今回の比較では専門医は通常白色光を用いた非拡大内視鏡からの画像のみを用いている。その結果、AIは感度に優れ、mIoUは専門医とほぼ同等の精度を獲得した。早期胃がん領域の予測に関して、AIが専門医の範囲診断に迫る性能を獲得したのは本研究が初めてである。
本研究では、少量の学習用データで効率的に早期の胃がん病変を学習できるAIを開発し、内視鏡検査画像内の病変の有無だけでなく、専門医の範囲診断と同等の精度で病変の領域予測ができるようになった。学習用データが少なくて済むことは、AIを他施設や他装置の画像に適用するための再学習が容易であるというメリットがある。加えて、例えば希少がんなどのように、学習用データの収集が困難である対象にも適用できる可能性がある。また本研究では、早期胃がんの領域予測に関して内視鏡専門医による範囲診断と同等の性能を示すことが出来た。このことは将来、世界中で増加が予想される検診や日常診療への内視鏡画像診断の導入に際して、医師の負担を軽減し、熟練度や装置性能の違いによる診断能の差を軽減するなど、診断技術の均霑化の強力なツールとなるものと期待できる。
(Medister 2023年8月14日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース AIで早期胃がんの範囲診断が可能に-内視鏡専門医の診断精度に迫る-