更新日:2022/09/16
血液がんに対する包括的ゲノムプロファイリングのための遺伝子パネル検査の有用性を検証
国立研究開発法人国立がん研究センターは、大塚製薬株式会社(以下、大塚製薬)などと2020年に共同開発した血液がん(造血器腫瘍)に対する遺伝子パネル検査において、診断や治療法選択、予後予測に有用な遺伝子異常を検出するパネルを設計し、性能評価と実臨床における有用性を検証するため、国内主要施設と共同で初発・再発の血液がん患者176人の検体を用いて前向きコホート研究を実施した。
特定の遺伝子異常に基づいた血液がんの診断や、予後の予測、遺伝子異常を標的とした治療薬の登場など、実臨床においてゲノム検査は重要かつ必須の検査となってきている。このような血液がんで臨床上有用であると考えられる遺伝子異常は、最新の分類においても250以上認められているが、さらに新規の遺伝子異常が次々に報告されている。また、急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)などの骨髄系腫瘍の一部ではRUNX1やDDX41といった遺伝子の生殖細胞系列異常が発症に関与していることが解明され、がん細胞だけではなく生殖細胞系列のゲノム検査の必要性も明らかとなってきた。
血液がんで生じている遺伝子異常には、変異、融合遺伝子/構造異常、コピー数異常など様々な種類がある。免疫グロブリン遺伝子(IGH)が関与する構造異常(IGH/BCL2など)は特定の病型において特徴的であり、診断や予後に関わる。また、血液がんに特徴的な融合遺伝子も多数報告されており、特に白血病では診断や予後、治療方針に大きく関与する。そのため、血液がんにおいても網羅的に遺伝子異常を調べることができる検査法の確立が望まれている。
そこで、血液がんで繰り返し遺伝子異常が起きていることが報告されている452遺伝子の変異・融合遺伝子/構造異常・コピー数異常からなる体細胞異常および生殖細胞系列異常を網羅的に解析することが可能な遺伝子パネル検査を設計した。前向きコホート研究を行い、176人188検体の患者検体(成人および小児から得られた初発および再発検体)を用いて、本遺伝子パネル検査による包括的ゲノムプロファイリングを行う。97%の患者で1個以上の遺伝子異常が検出され、1人の患者につき中央値7個の遺伝子異常が検出された。血液がんで高頻度に異常が認められる遺伝子異常の検出力は既存の遺伝子パネル検査と同等以上であり、本遺伝子パネル検査の高い性能が示された。
診断、治療法選択、および予後予測における有用性の観点から、検出された遺伝子異常を血液がんの疾患ごとに評価した。その結果、診断、治療法選択、予後予測を行う上で臨床上有用であると考えられる遺伝子異常が、それぞれ82%、49%、58%の患者で検出され、遺伝子パネル検査は特に診断、次いで予後予測に有用であることが示された。
今回、様々な種類の遺伝子異常(変異、融合遺伝子/構造異常、コピー数異常)を検出することができるように、ターゲットキャプチャー法によるDNAパネルとRNAパネルを設計した。このパネル検査には合計452個の遺伝子が含まれており、血液がんのドライバー遺伝子として造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインに記載されている遺伝子のほとんどを網羅している。本遺伝子パネル検査の性能評価と、実臨床における包括的ゲノムプロファイリングの有用性を検証するために、当センター(中央病院および東病院)で治療を受けた血液がん患者(初発および再発の成人および小児患者)を対象に前向きコホート研究を行った。合計で176人の患者(合計188検体)を解析した。検体の種類では骨髄液や末梢血などの生細胞だけでなく、ホルマリン固定パラフィン包埋検体でも高率に解析可能であることが示された。また採取法について、針生検で採取された比較的少量の検体でも高率に解析が可能であることも示された。
97%の患者で1個以上のドライバー遺伝子の異常が検出され、1人の患者につき中央値7個の遺伝子異常が検出された。遺伝子変異の中央値は4個であった。融合遺伝子/構造異常は全部で121個検出され、約半数の患者で1個以上の構造異常が検出された。今回の解析で51個の活性型構造異常が検出され、その半数以上はIGH遺伝子再構成であった。また一般にBCL6やMYCではIGH以外のパートナー遺伝子との活性型構造異常も認められるが、本解析ではそれらの構造異常を検出することも可能であった。さらに、頻度の低い異常であるPVT1-SUPT3HやGATA2/MECOM等も検出できることが示された。既存の検査法であるFISH法との比較において感度・特異度はそれぞれ94%、100%と良好な結果が示された。融合遺伝子関連構造異常やinternal tandem duplication(ITD)/partial tandem duplication(PTD)(特殊な構造異常)は35個および8個検出された。BCR-ABL1に加え、ALK、FGFR1、ROS1など治療標的になりうる融合遺伝子関連の構造異常も複数検出された。FISH法やRT-PCR法などの既存の検査法との比較による感度・特異度は、融合遺伝子関連の構造異常、ITD/PTDいずれもすべて100%であり、本遺伝子パネル検査により正確に検出することが可能であることが示された。
続いて血液がんの疾患ごとにどのような遺伝子異常が高頻度に検出されたかを解析した。疾患ごとにドライバー遺伝子のうちわけは大きく異なっているが、それぞれの疾患ごとに特徴的な遺伝子を検出した。また、それぞれの疾患でドライバー遺伝子が今までの報告と同等の頻度で検出されており、本遺伝子パネル検査が血液がん全般に対応していることが実際の検体を用いて示された。
生殖細胞系列の遺伝子異常は6人(3%)の患者で検出された。そのうちの5人は遺伝性乳がんや卵巣がんの発症に関わるBRCA1/BRCA2の異常であり、うち3人は確認検査でも陽性が確認された。また1人の急性骨髄性白血病(AML)患者はDDX41の生殖細胞系列の遺伝子異常を有しており、遺伝性血液がんであるDDX41遺伝子異常を有する骨髄系腫瘍に再分類された。これらの結果から、本遺伝子パネル検査は生殖細胞系列の異常も十分に検出可能なことが示された。
検出された遺伝子異常が臨床的に有用であるか、血液がんの疾患ごとに評価した。造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインに基づいた評価により、診断、治療法選択、予後予測に有用な遺伝子異常が、それぞれ82%、49%、58%の患者で検出された。また特に有用性が高い(A-B評価)と考えられる遺伝子異常はそれぞれ76%、12%、44%の患者に検出され、本遺伝子パネル検査は特に診断、次いで予後予測に有用であることが示された。急性骨髄性白血病(AML)では発症時の染色体異常・遺伝子異常によってリスク分類がなされ、それをもとに同種移植の適応が決定される。本遺伝子パネル検査により、約1/ 3の患者でリスク分類の変更がなされた。このことは急性骨髄性白血病(AML)においては本遺伝子パネル検査によってより適切な治療が提供可能になることが示されている。また、急性リンパ性白血病(ALL)においても、これまで診断が困難だったフィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病(ALL)であることを示すETV6-ABL1やATF7IP-PDGFRB融合遺伝子が検出された。これらのフィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病(ALL)は予後不良というだけではなく、それぞれの融合遺伝子が治療標的として期待されている。このように遺伝子パネル検査による包括的ゲノムプロファイリングは発症時の白血病においても有用であることが示唆された。
(Medister 2022年8月22日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 血液がんに対する包括的ゲノムプロファイリングのための遺伝子パネル検査の有用性を検証 -血液がんに対するゲノム医療の可能性を示す-