更新日:2022/08/15
肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明
近年、シークエンス技術の発達により、がん細胞中の遺伝子全体(ゲノム)の解析が急速に進んでいる。一塩基変異のような点突然変異に加えて、染色体規模での構造変化を伴う構造変異に対する注目度が上がってきている。この背景には、従来法に比べて100倍以上も塩基配列を長く解析することができるナノポアシークエンサーの存在がある。塩基配列を長く解読することが可能になったことで、大規模な構造変化やその染色体背景を直接捉えることができるようになった。
今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授らのグループは、国立がん研究センターとの共同研究により、構造変異を含む突然変異の蓄積様式とそれらが生じている染色体背景に関して明らかにするために、従来のショートリードシークエンサーとナノポアシークエンサーを活用したフェージング解析手法を実施した。この新規の手法を用いれば、比較的大規模なゲノム異常とその染色体背景の特徴づけを直接的に行うことが可能である。実際に、鈴木教授らのグループでは、この新しい解析手法を肺がんゲノムの解析に用いた。その結果、これまでの解析手法では見出すのが困難であった、点突然変異から非常に複雑な構造変化を伴う変異を含むゲノムの異常とその染色体背景を明らかにした。例えば、遺伝子発現制御を担うゲノム領域に検出された点突然変異が、遺伝子発現に及ぼす影響をおのおのの染色体ごとに評価することができる。また、この遺伝子周辺領域のDNAメチル化パターンも解析してみたところ、点突然変異が存在するハプロタイプではDNAが低メチル化状態になっており、もう一方の染色体では高メチル化状態になっている領域があった。このような解析により、点突然変異と、遺伝子発現やその制御異常の関係性を染色体ごとに明らかにすることができると考えられる。
加えて、ハプロタイプ特異的な点突然変異と構造変異が密集して生じている領域を同定した。これは、クロモスリプシス(chromothripsis)と呼ばれるDNAの異常に特徴がよく似ており、詳細の解析を行った。この領域では、構造変異は複雑な構造をとっており、 chromothripsisに付随して起こると言われている点突然変異が多数生じていることが判明した。また、変異が蓄積しているハプロタイプでは、他方に比べて、DNAが低メチル化状態になっていることが分かった。加えて、その領域内にコードされている遺伝子の発現も調べてみたところ、点変異、構造変異が蓄積しているハプロタイプで遺伝子の発現が亢進していることが判明した。これらは、がん特異的なゲノム変異と、遺伝子発現の総体であるトランスクリプトーム、それらの制御を担うエピゲノムの異常を統合して、ハプロタイプ別に解析した例として大変意義深いものである。
この他にも、同一リード上に載っている複数の点突然変異や構造変異を調べることで、その時系列を追うことも可能になっている。これらのことから、既知の知識と今回の手法で判明したような新たな知見を組み合わせることで、がん細胞のゲノム内の突然変異の発生・蓄積のメカニズムを追うことが可能であり、将来的には、個々の患者のがんの発症から進展様式までを追うことができるようになると考えられる。それにより、より個々の患者の病態に焦点を当てた治療戦略の選択や、新たな治療法の開発にもつながると考えている。
(Medister 2022年7月25日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明