更新日:2022/05/13
がん耐性齧歯類ハダカデバネズミの化学発がん物質への強い発がん耐性を証明
熊本大学大学院先導機構/同大学院生命科学研究部老化・健康長寿学講座の岡香織学振特別研究員、藤岡周助大学院生(当時)、河村佳見助教、三浦恭子准教授らの研究グループは、熊本大学大学院生命科学研究部の菰原義弘教授、富澤一仁教授、押海裕之教授、同大学生命資源研究・支援センターの荒木喜美教授、東京大学医科学研究所先進病態モデル研究分野の山田泰広教授、京都大学iPS細胞研究所の山本拓也准教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の坊農秀雅特任教授、岩手医科大学医歯薬総合研究所の清水厚志教授らと共同で、がん耐性齧歯類ハダカデバネズミの化学発がん物質への強い発がん耐性とその耐性機構の一端を明らかにした。ハダカデバネズミは、最大寿命37年以上の最長寿齧歯類であり、その長い生涯のあいだ、がんを含む老化関連疾患が起こりにくいことが知られている。これまで、ハダカデバネズミの細胞レベルでのがん耐性機構は盛んに研究されてきたが、ハダカデバネズミの生体レベルでのがん耐性機構はほとんど明らかになっていなかった。今回、本研究グループは、ハダカデバネズミの生体を用いて、発がん剤投与による化学発がん誘導実験を実施することで、ハダカデバネズミが人為的な強い発がん誘導に対しても全くがん化しないことを示した。さらに、ハダカデバネズミはマウスと比べて発がん促進に重要な炎症応答を起こしにくく、その一因として“ネクロプトーシス”と呼ばれる強い炎症を引き起こすタイプの細胞死に必須の遺伝子が、ハダカデバネズミでは機能を失っていることを明らかにした。今後、ハダカデバネズミの生体におけるがん耐性機構をさらに研究することで、ヒトのがんを防ぐ新たな方法の開発に貢献することが期待される。
ハダカデバネズミは、アフリカのサバンナの地下に生息する、マウスと同程度の大きさの齧歯類である。最大寿命37年以上の最長寿齧歯類であり、その生涯にわたって、がんをはじめとする老化関連疾患が起こりにくい顕著ながん・老化耐性を持つことが知られている。
近年、ハダカデバネズミは医学生物学分野の新たなモデル動物として注目を集めている。しかしこれまでハダカデバネズミのがん耐性に関しては、観察研究における自然発がん例の少なさや、ハダカデバネズミの培養線維芽細胞を用いた解析しか行われておらず、ハダカデバネズミの生体が実際にどの程度強いがん耐性を持っているのか、また、生体が発がん刺激に対してどういった応答をするのかはほとんど明らかになっていなかった。
生体におけるがんの発生は、がん細胞自身の性質だけでなく、その周囲の微小環境の変化によっても制御される。そこで本研究では、ハダカデバネズミへ化学発がん誘導実験を行い、がんの発生頻度や発がん刺激に対する組織の応答を、がんになりやすいマウスと比較解析した。
発がん剤である3-メチルコラントレンあるいはDMBA/TPAを用いた2種類の化学発がん誘導実験を行った結果、ハダカデバネズミは2年以上の長期にわたって1例もがん発生が見られず、化学発がんに対する強い耐性を持つことが明らかになった。発がん剤の投与によって、ハダカデバネズミでもマウスと同様にDNA傷害や細胞死が生じていた。しかし、発がんの促進に重要な炎症応答は、ハダカデバネズミでは低く抑えられていることがわかった。この特徴は、発がん剤だけでなく、皮膚がんの原因となる紫外線照射のような発がん刺激に対しても観察された。
発がん誘導時の遺伝子発現を比較した結果、3-メチルコラントレンあるいは紫外線処置時に、マウスでのみ“ネクロプトーシス”と呼ばれる細胞壊死経路が活性化していた。ネクロプトーシスはプログラムされた細胞壊死で、細胞膜の破裂と細胞内容物の放出を伴うため、強い炎症応答を誘導する。ハダカデバネズミでは、この経路に必須であるRIPK3とMLKLという遺伝子がフレームシフト変異を起こしており、ネクロプトーシスを誘導する機能を失っていることがわかった。
ネクロプトーシス能の喪失とがん耐性に関連があるかを確かめるため、マウスにおいて阻害剤投与あるいは遺伝子ノックアウトを行い、Ripk3の機能を阻害した。その結果、Ripk3阻害マウスでは、3-メチルコラントレン投与時の炎症応答が弱まり、さらにがん発生も遅延することが明らかになった。
本研究により、ハダカデバネズミは自然発がんが起こりにくいのみならず、人為的な発がん誘導に対しても強いがん耐性を持つことがわかった。さらに、ハダカデバネズミのがん耐性には発がん促進に重要な炎症応答が起こりにくいという特徴が関わっていること、その一因としてRIPK3とMLKL遺伝子の変異によるネクロプトーシス能の喪失が寄与していることが示唆された。
ハダカデバネズミのがん耐性メカニズムとして新たに、特有の組織応答が関与していることを発見した。ハダカデバネズミのがん耐性の全容を理解するためには、これまで行われてきた細胞を用いた解析だけでなく、個体や組織を使った研究が重要である。今後ハダカデバネズミの組織応答や炎症応答の研究を進めることで、がん耐性機構が解明され、将来的にヒトに応用できるがん防止・抑制方法の開発につながることが期待される。また、炎症応答やネクロプトーシスはがんだけでなく、さまざまな老化関連疾患に関わっている。本研究のさらなる進展により、ハダカデバネズミ、ひいてはヒトの老化耐性、長寿の解明にも貢献することが見込まれる。
(Medister 2022年4月18日 中立元樹)
<参考資料>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース がん耐性齧歯類ハダカデバネズミの化学発がん物質への強い発がん耐性を証明―炎症抑制を介したがん耐性機構の一端を解明―