更新日:2022/05/08
がん病理組織画像の特徴を数値化する人工知能技術の開発
東京大学大学院医学系研究科衛生学分野の河村大輔助教、石川俊平教授らの研究グループは、人体病理学・病理診断学分野の牛久哲男教授、深山正久教授(研究当時)、消化管外科学の瀬戸泰之教授、東京大学医学部附属病院免疫細胞治療学講座の垣見和宏特任教授、日本大学医学部外科学系消化器外科学分野山下裕玄教授らのグループと共同で、人工知能技術の一つである深層ニューラルネットワークを用いて、がん病理組織画像の組織学的特徴を数値化する技術を開発した。
通常、がんの診断は顕微鏡を用いて病理組織像を観察する病理診断により行われるが、基本的に個別の病理医の経験知に基づいている。組織像の客観的な記載や数値化は難しいため、多くの症例情報の集積、他の臨床データとの定量的な比較、類似症例の検索、といったデータとしての扱いが容易ではなかった。
そこで、研究チームは近年画像認識の分野で優れた性能を発揮している深層学習技術を用いて、病理組織画像の特徴を捉える数値化技術の開発を行った。がんは、単一の細胞を起源に持ち、同じ性質を持つ細胞が増殖する疾患である。そのため、がんの病理組織画像は明確な「かたち」を持つ犬や猫などの一般的な画像とは異なり、模様(テクスチャ)のようなものと考えられる。そこで、絵画の画像から描かれている「対象物」と「画風」とを分離するのに用いられる「バイリニア畳み込みニューラルネットワーク」という特殊な深層ニューラルネットワークを用いて病理組織画像をディープテクスチャと呼ばれる1024次元の数値ベクトルに変換したところ、がんの組織学的特徴が極めてよく表現されることを見出した。使用するニューラルネットワークの構造やパラメータによってその性能が異なるため、数値と病理医の評価を比較して検証を行った結果、病理組織像の評価に最適なネットワークと層の組み合わせを見出した。
本技術の有用性は、臨床的に重要と考えられる以下の3通りのアプローチで検証された。
まず、本技術を用いると、がん病理組織画像を組織学的な類似性に基づくグルーピングや組織学的に近い症例が近くに配置されるような可視化が可能である。国際がんゲノムプロジェクト The Cancer Genome Atlas(TCGA)の32がん種7175症例の組織画像をその類似性に基づいて2次元に配置すると、類似した形態を持つがん種同士が近くに配置されることが確認された。また、まだサンプル数が少なく今後の検証は必要であるが、胃癌において免疫チェックポイント阻害薬の効果と関連するような、これまで知られていなかった組織学的特徴を発見した。
次に、本技術により数値ベクトル同士の距離を計算することで、過去の症例と組織学的に類似した症例を高速かつ正確に検索することが可能になった。病理医による評価との同等性も確認できた。
さらに、本技術と一般的な教師あり機械学習技術を組み合わせることで、病理組織画像のみから309種類のがんと遺伝子変異の組み合わせが一定の精度で予測できることが示された。
また、本技術を利用した類似症例の検索機能および遺伝子変異の推定機能はウェブシステム(Luigi: Large Scale HistoPathological Image Retrieval System 別ウィンドウで開く)やiPhone/iPad向けアプリケーション(App Store:検索ワード「luigi pathology」)として誰でも利用できるよう公開した。このツールは顕微鏡像をスマートフォン等で直接撮影するので、顕微鏡用デジカメシステム等の高価な機器を持たない中規模以下の医療機関や発展途上国の病院でも利用可能で、病理診断の高度化・均てん化を促進すると考えられる。
本技術により、がんの病理組織画像を血液検査などの臨床データと同じように扱えるため、これまでにない大規模ながんの組織形態の解析が可能になると期待される。また、本研究で開発したウェブサービスやスマートフォンアプリケーションは、高度なゲノム解析技術へのアクセスや顕微鏡用デジカメシステム等の高価な機器を持たない多くの中規模以下の医療機関や発展途上国の病院でも利用可能であり、病理診断の高度化、均てん化を促進すると考えられる。今後はさらなる精度の向上や類似症例検索のデータベースの拡充、医療機関での利用を想定した検証実験などを進めていく予定である。
(Medister 2022年4月4日 中立元樹)
<参考資料>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース がん病理組織画像の特徴を数値化する人工知能技術の開発