更新日:2021/08/09
がん患者さんの新型コロナウイルス抗体の保有状況とがん治療と抗体量の関連について
国立研究開発法人国立がん研究センター(以下「国立がん研究センター」)とシスメックス株式会社(以下「シスメックス」)は、がん患者における新型コロナウイルスの罹患状況とリスクを評価するため、2020年8月から10月にかけて500名のがん患者と1,190名の健常人について新型コロナウイルスの抗体保有率と抗体量を調査した。
がん患者は、高齢で合併症を有する割合が高いことや、薬物療法や放射線治療、手術療法などのがん治療によって免疫力が一時的に低下することから、新型コロナウイルスに罹患するリスクの上昇や、罹患した場合の重篤化が懸念されている。
新型コロナウイルスの検査には、ウイルスの有無を調べ診断に用いるPCR検査や、感染により産生された抗体(タンパク質)を調べることで感染歴を把握することが出来る抗体検査などがある。抗体検査は、PCR検査により検出されなかった無症候性感染なども把握することが出来るため、疫学的調査に有用とされている。
がん患者と健常人における新型コロナウイルスの抗体保有率や抗体量を比較した大規模研究は世界的にも少なく、がん患者は健常人と比較し抗体保有率が高いのか、がん治療と抗体量に関連があるのかは十分に分かっていない。そこで国立がん研究センターとシスメックスは、がん患者における新型コロナウイルスの罹患状況とリスクを評価するために共同で本研究を実施した。
国立がん研究センター中央病院に通院しているがん患者と、健常人として国立がん研究センター職員から協力を得て、新型コロナウイルスの抗体保有率と抗体量を測定した。
本研究に使用した抗体検出試薬は、国立がん研究センターとシスメックスが共同開発したもので、ヌクレオカプシドタンパク質(N抗原)、スパイクタンパク質(S抗原)に特異的に反応する2種類の抗体(IgG、IgM)を個別に検出することが可能である。従来の抗体測定法では抗体の有無を測定し定性的な判断となる手法が多かったものの、本測定法では抗体量を定量測定することが可能である。
がん患者と健常人の背景を比較すると、がん患者では高齢、男性、喫煙者、合併症(糖尿病や高血圧など)を有する割合が多いことが分かった。研究参加以前に新型コロナウイルス感染症に罹患していた6名(がん患者3名、健常人3名)を除外し抗体保有率を検討したところ、がん患者は0.4%、健常人は0.42%で抗体保有率はいずれも低く、差がないことが分かった。一方、抗体量を比較したところ、がん患者は健常人と比較し抗体量が低いことが明らかになった。これは年齢、性別、合併症の有無、喫煙歴といった因子で調整しても有意な差を認めた。
次に、がん患者において抗体量に影響を与える因子を検討した結果、研究参加1か月以内に細胞障害性抗がん剤を受けている患者では抗体量(N-IgG)が低く、免疫チェックポイント阻害薬を受けている患者では抗体量(N-IgG、S-IgG)が高いことが明らかになった。さらに、免疫チェックポイント阻害薬を投与された患者においては年齢、性別、合併症の有無、喫煙歴で調整しても、投与された患者では投与されていない患者に比べ有意に抗体量(N-IgG、S-IgG)が高いことが明らかになった。一方、放射線治療や外科治療の有無による抗体量に差は認められなかった。
今後、がん患者に対するワクチン接種の有効性を評価するため、ワクチン接種後の抗体量の推移を検討するとともに、がん治療が新型コロナウイルス抗体の産生に与える影響を明らかにしたいと国立がん研究センターでは考えている。
(Medister 2021年8月9日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース がん患者さんの新型コロナウイルス抗体の保有状況とがん治療と抗体量の関連について