更新日:2021/06/27
非浸潤性乳がんの進展に関わるゲノム科学的リスク因子を同定
東京大学大学院新領域創成科学研究科の永澤慧特任研究員と鈴木穣教授らのグループは、国立がん研究センター東病院の大西達也乳腺外科長、聖マリアンナ医科大学乳腺内分泌外科学教室津川浩一郎教授、同病理学教室小池淳樹教授らとの共同研究により、非浸潤性乳がんの進展に関わる候補因子を同定した。
乳房の非浸潤性乳がん(DCIS : Ductal Carcinoma in situ)は、浸潤性乳がん(IDC : Invasive Ductal Carcinoma)の前駆病変と臨床的には位置付けられる。現在ではDCISが見つかった場合、一様に切除手術が行われている。しかし近年、DCISは治療学的にも生物学的にも不均一な集団であるとの報告がなされている。この集団中には、浸潤がんの真の前駆細胞を有するDCIS(本来DCISと呼ぶにふさわしいDCIS;真のDCIS 群)以外に、浸潤がんに進展しないDCIS細胞を有し、結果過剰治療になっている群(低リスクDCIS群)、すでに浸潤能を獲得したDCIS細胞を有する群(高リスクDCIS群)が包含されていると予測される。
各群で治療選択は大きく異なるため、DCISの最適医療実現化にはこれらの群を層別化する必要がある。特に低リスク群について、これらを層別化し非切除またはホルモン療法のみを行う臨床試験が各国で進行中である。しかし、層別化のためのリスク因子は、従来報告のある臨床病理学的情報に基づいた因子にとどまっており、また各国においてもコンセンサスがある。これは、DCISに存在する不均一な細胞集団を、再発リスクという視点で分子生物学的に解析した情報がなく、非浸潤性のがん細胞から浸潤がんに至る因子の同定に至っていないことが原因であると考えられる。
本研究では、まず、431例のDCIS患者の臨床病理学的因子から、年齢(45歳未満)とHER2遺伝子増幅が浸潤がん再発と関連のあるリスク因子であることを示した。次に、遺伝子情報に基づくゲノム科学的再発リスク因子候補の探索のため、21症例のDCIS原発病変と再発前後のペア検体を用いた全エクソンシークエンスを行った。その結果、GATA3遺伝子変異が浸潤がんへの進展に関与する遺伝子候補であることを見出した。
この結果を、全エクソンシークエンスの結果より作成した180遺伝子ターゲットパネルを用いて、72例のターゲットシークエンスを行い確認した。次に、GATA3遺伝子異常が浸潤に及ぼす影響を直接的に明らかにするため、GATA3遺伝子異常をもつDCIS症例の空間トランスクリプトーム解析を行った。GATA3遺伝子異常をもつDCIS細胞では、異常を持たない細胞に比べて上皮間葉転換(EMT)や血管新生などのがん悪性化関連遺伝子の活性化を認め、浸潤能を獲得していることが明らかになった。
これまでに、GATA3変異をもつがん細胞では、GATA3の遺伝子結合領域が変化するため、PgR(プロゲステロンレセプター)の発現が低下することが示されていることから、GATA3変異をもつDCIS細胞におけるPgRの発現量を確認したところ、有意にその発現が低下していることが分かった。さらにER陽性のDCIS375例において、PgRの発現レベルで2群にわけて再発予後を検討したところ、ER陽性かつPgR陰性のDCISでは有意に予後が悪いことが明らかになった。すなわち、ER陽性DCISにおけるGATA3変異は、PgR発現がそのサロゲートマーカーになる可能性が示唆された。
従来の臨床病理学的リスク因子に加えて、本研究で同定したゲノム科学的リスク因子を用いることで、新たなDCISの層別化基準の策定につながる可能性があり、より精密な個別化医療に貢献することが期待される。
(Medister 2021年6月27日 中立元樹)
<参考資料>
国立がん研究センタープレスリリース 非浸潤性乳がんの進展に関わるゲノム科学的リスク因子を同定 ―治療層別化のための新たな診断基準になる可能性―