更新日:2020/09/14
小児脳腫瘍の進行に関わる新たな遺伝子変異を発見―がん細胞の個性に応じた治療戦略の基盤づくり―
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所、病態生化学研究部(部長・星野幹雄)の川内大輔室長の研究グループは、「小脳の小児悪性脳腫瘍である『髄芽腫』において、BCOR遺伝子で見られる傷(変異)がその悪性化に関わる」ことを発見した。
がんは遺伝子が何らかの原因で傷つき、機能しなくなったり、正常とは異なる機能を持ったりすることで自分自身の細胞が異常に増殖し始め、時に様々な組織に機能不全をもたらす疾患である。しかしながら、同じ種類のがんと診断された場合でも、それぞれのがんは現在の標準治療である放射線治療や化学療法に対して常に同じ反応を示すわけではない。個々のがんは見た目が同じでも性質が全く違うことがあるため、それぞれのがんの個性に応じた個別の治療戦略が求められている。
脳腫瘍の場合も例外ではなく、その個性を理解するために、国際的ながんのゲノム解読プロジェクトや遺伝子解析プロジェクトが発足し、同じ脳腫瘍と分類された場合でも異なった多様な遺伝子が傷ついていることが明らかになってきた。これまで異なる遺伝子部位でのダメージが腫瘍の個性を決めているという仮説が提唱されてきたが、実際に「どの遺伝子の傷(変異)ががん細胞の増殖をコントロールしているのか」については不明な点が多いのが現状である。しかし、この問題を明らかにすることによって、腫瘍の遺伝子変異からどのような抗がん剤を用いて化学療法をすべきかを考える手助けになると思われる。
本研究グループは、ドイツがん研究センター、米国聖ジュード小児研究病院との国際共同研究により、小児の小脳に生じる悪性腫瘍である「髄芽腫」でヒトBCOR遺伝子が高頻度で傷ついていることに着目し、この遺伝子変異が腫瘍形成に与える影響について、がんのモデル動物を作出して解析を行った。正常な脳ではBCOR遺伝子は髄芽腫の起源細胞である小脳顆粒細胞が増殖している時にスイッチがオンになるが、髄芽腫のモデル動物においてこの遺伝子の機能を阻害すると、細胞増殖を強く刺激することが知られているインシュリン様成長因子2(IGF2)の発現が高まり、がんの進展速度が加速することを明らかにした。
さらに分子レベルでの解析から、BCORタンパク質が通常はがんが生じる初期過程で複合体を形成してIGF2遺伝子を抑えていることがわかり、BCOR遺伝子に傷がつくことでその本来の機能が損なわれ、IGF2を抑えることができなくなることを発見した。さらに、ハイデルベルグ小児がんセンターとの共同研究により、BCOR遺伝子に変異がある他のヒト脳腫瘍や一部の肉腫においてもIGF2が高いレベルで存在していることを見出し、髄芽腫だけでなく様々な固形がんで同じがん進展機構があることを示唆した。このことから、BCOR遺伝子に変異を持つ腫瘍ではIGF2によって増殖するがん細胞が多く存在すると考えられるため、IGF2シグナルの阻害剤などの効果を検証するなど、遺伝子の傷の場所に応じた治療法を確立する手助けに繋がると考えられる。
この研究成果は、BCOR遺伝子の変異とIGF2を介したがんシグナルの密接な関係性について、その分子機構を含め、初めて明らかにしたものとなる。将来的には、このBCOR遺伝子の変異は、髄芽腫に限らず様々ながんに対して、その個性に応じた治療のための分子診断マーカーとして役立つことが期待される。
(Medister 2020年9月14日 中立元樹)
<参考資料>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース 小児脳腫瘍の進行に関わる新たな遺伝子変異を発見―がん細胞の個性に応じた治療戦略の基盤づくり―