更新日:2021/09/05
がんと診断された親が子どもへ伝えるとき
目次
日本人の約2人に1人ががんになる時代となり、がんは決して珍しい病気ではなくなりました。しかし、がんが患者の心身に大きな負担がかかる病気であることは、昔も今も変わりません。患者だけでなくその周囲、特に最も身近である家族には大きな影響を及ぼすでしょう。なかでも子育て中の患者にとっては、がんと診断されたことを我が子に伝えるか否か、伝えるとしたらどのように伝えるべきかは大きな問題です。
子育て中にがんと診断されるケースが増えている
日本人ががんと診断される割合は、年齢とともに高くなります。近年は、晩婚化や出産年齢の高齢化により子どもを持つ年齢も上がっているため、がんと診断されたときに子どもが未成年であるという事態が多くなっています。
調査結果から分かること
国立がん研究センターがん対策情報センターが2009~2013年のデータを元に行った調査によると、全国推定値ではありますが、以下のような結果が出ています。
●18歳未満の子どもを持つがん患者は年間56,143人
●その平均年齢は男性46.6歳、女性43.7歳
●親ががん患者である子どもたちは年間87,017人(2010年の人口構成に当てはめた場合、全体の約0.38%にあたる)
●その半数以上を占めるのは0歳から12歳で、平均年齢は11.2歳
また、2009~2013年の間に国立がん研究センター中央病院に入院した20~59歳のがん患者のうち、約4人に1人は18歳未満の子どもがいたとされています。さらに、1つのがん診療連携拠点病院あたりでは、18歳未満の子どもを持つがん患者が年間約82人、親ががんと診断される子どもたちは年間約128人が新たに発生していることも分かっています。
親ががんと診断されたことを子どもに伝えるべきか
子どもはとても敏感です。親の隠しごとや悩み、不安だけでなく、いつもとは別の何かが起こっていると気付いていることも多いです。子どもである自分たちには明かさないという親の気持ちを汲んで、知らないふりをしているのです。実際に、子どもには病気のことを伝えていないというがん患者の子どもに個別で話を聞くと、ほとんどが「親ががんであること」を知っているといいます。
ここでは、がんと診断されたとき、親が子どもに伝えるべきか否かを考えてみましょう。
子どもに話す前に
がんと診断されると、患者は不安な気持ちになるでしょう。心配することや考えなくてはならないことも多く、そもそもがんという病気についてもよく分からない……そんな時期が続くかもしれません。心理的な不安に加えて、思い通りに動けなくなったり痛みが出たりと身体的な症状に悩まされることも少なくありません。そんな時はまず、主治医である病院の医師や看護師、がん相談支援センターなどを活用して不安を解消し、体のつらい部分の治療を進めていきましょう。
大切なのは、患者自身が心の余裕や冷静さを取り戻してから、がんについて家族と話し合ったり、向き合ったりすることです。心身を整えることは、子どものことを含めて今後のことを前向きに考えるためのコツでもあります。「まだ子どもには伝えられない」と思ったら、無理に伝えようとする必要はありません。焦らず無理をせず、自分のペースで考えていきましょう。
子どもはとても敏感
国立がん研究センター東病院緩和医療科が、18歳未満の子どもを持つがん患者を対象に行った調査「子どもを持つがん患者における、心理社会的苦痛と支援ニーズに関する横断研究」によると、約7割の方が子どもに「がん」であることを伝えています。子どもに伝えるかどうかを決めるのは親であるがん患者自身ですが、子どもを持つがん患者で作る患者会が行ったあるアンケートによると、子どもにがんであることを伝えてよかったと思う人が9割近くいることも分かっています。
前述の通り、患者自身の心と体が落ち着いていることが前提ですが、がんである事実を子どもに正直に伝えることを、できるだけ前向きに考えてみてはいかがでしょうか。
なぜなら、子どもはとても敏感だからです。子どもは自分の周囲で起こっていることを驚くほどよく見聞きしています。別の病名を伝えてすぐに治ると話したり、子どもがいない間に通院したり、寝ている間に治療について話したりと、がんであることを隠そうとしても実際には子どもも気付いているのです。
親の立場として、我が子に心配をかけたくないと思う気持ちも自然ですが、ごまかしたりはぐらかしたりするとかえって子どもを不安にさせてしまうこともあります。たとえば、親からは「すぐに治る」と聞いていたのに、ずっと具合が悪そうだったり通院を続けていたりすると、子どもは不安になるでしょう。親から聞いた情報と、自分の目や耳で実感した情報のつじつまを合わせるために、豊かな想像力を悪い方へと働かせてしまいます。なかには、がん以外の理由を探し、「自分が悪い子だから教えてもらえないのか?」「具合が悪そうなのは自分のせいではないか?」と思い悩んでしまう子どももいます。しかも、親が隠そうとすれば子どもは「聞いてはいけないこと」として認識するので、自分から親に聞くことはありません。親の体調を気遣って学校行事への参加を求めなくなったり、行事があることすら言いだせなくなったりします。子ども自身も不安を隠そうとして、親に対して明るくふるまうなど取り繕うようにもなります。そうすることが親への思いやりだと思っているからです。
親は親で「子どもには普通に過ごしてほしい」「良い親でいたい」という思いから、子どもにがんのことを隠したり、事実とは違うことを伝えようとしたりします。その結果、親子間のコミュニケーションがうまくいかなくなり、会話自体が減ってしまうことにもつながります。矛盾するように思われますが、親も子どもも実はお互いへの思いやりゆえの行動なのです。しかし、本当のことを話してもらえない「親の愛ある嘘」は子どもたちを苦しめます。がんはある意味、日常生活を脅かす得体の知れないもの。だからこそ、その正体を家族で共有し、話し合い、向き合うことが大切です。
子どもへの具体的な伝え方
親ががんであることを子どもに話す時には、注意しておきたいポイントがあります。具体的な伝え方をみていきましょう。
最初に伝えたい3つのポイント
親ががんになったことを子どもに伝えるにあたって、必ず押さえておきたいポイントが3つあります。
①「がん」という病気であること
子どもに限らず大人であっても、「がん」という病名を聞くと少なからずショックを受けます。しかし、「がん」という病名をあえてはっきりと伝えることで、曖昧な印象を残さず、逆に安心感を持たせることができます。
子どもにとって身近な病気といえば風邪やインフルエンザなどですが、これらの病気と比べ、がんの進み方や治療法はまったく異なります。「病気だよ」と曖昧に伝えたり別の病名を伝えたりしてしまうと、子どもは悪い方へ想像力を働かせてしまい、混乱を招くおそれがあります。
きちんと事実を知ることは、現実に適応していくための準備にもなります。子どもに話す時は「がん」という病名をはっきりと伝えるようにしましょう。
②うつる病気ではないこと
がんは風邪などのように感染する可能性がある病気ではないことも、はっきりと伝えておきましょう。大人は当たり前に知っていることでも、風邪やインフルエンザなどうつる病気のほうが身近な子どもたちにとっては大切な情報です。がんはうつらないと知り、他の感染性の病気と区別することで、大好きなお母さんやお父さんと気兼ねなく手をつないだり抱きしめたりできるようになります。
また、治療の段階で訪れる急な体重変化や、脱毛などの見た目の変化を目の当たりにしても、子どもが普段の「風邪をひいた時とは違うんだ」と理解していれば、親の姿に自分を重ね合わせて不安になるようなこともありません。
③子どもが原因で引き起こされたわけではないこと
がんと診断された時、「何もしていないのにどうして私が」と思う人は少なくありません。患者自身がそう思うのと同じように、子どもも今起こっていることと自分をつなげて考え、理由を探してしまいます。だからこそ、「がんになったのはあなたのせいではない」と伝えることはとても大切です。もちろんお父さんやお母さんや他の家族のせいでもありませんし、誰のせいでもないということもあわせて伝えておきましょう。
曖昧にせず具体的に伝える
前述した3つのポイントを子どもに伝えられたら、次はどのような治療を受け、それによってどのようなことが起こり得るのかを伝えます。子どもの年齢が小学生以上であれば、最初に伝えた3つのポイントと同じように、曖昧な表現を使わず「手術」「薬物療法」「放射線治療」と治療の種類をはっきりと言葉に出して伝えましょう。そのうえで、それぞれの治療内容について子どもにも理解できるよう分かりやすく解説します。解説する際も「麻酔」や「細胞」など具体的な医療用語を使って説明することで、子どもが悪い方向に想像力を働かせないようにします。
また、今後の治療計画や薬物療法によって現れる副作用についても、具体的に伝えましょう。この時、子どもからの質問にその場で答えるのが難しければ、「今度一緒に病院で聞いてみよう」と伝え、医師や看護師に直接聞く機会を作るのもよいでしょう。ただし、子どもの気持ちの整理がつかず聞きたくないと感じている時に全てを伝えたり、逆に知りたいと思っているのに質問しづらくなったりしないよう配慮することも大切です。
病気や治療のことだけでなく、がん治療を行いながらの生活についても話し合っておきましょう。子どもにもできることがあること、食事の用意などは心配いらないことなど、これまでと何が変わって何が変わらないのかをきちんと伝えてあげると、子どもの不安を解消するのに役立ちます。
もちろん、どんなに具体的に説明をしても、再発や転移など予期していないようなことは起こり得ます。こういった場合に大切なのは、秘密を作らないことです。もちろん無理に全てを子どもに聞かせるわけではありません。早い段階で「良いことでも悪いことでも、変化があったら聞きたいか」を子どもに確認しておき、その気持ちを尊重しましょう。
子どもが知りたいと思ったときにいつでも聞ける環境にしておくこと、子どもが不安な気持ちをいつでも伝えられるよう安心感を持たせることが肝心です。医療従事者の力を借りつつ、できるだけ親の口から親の言葉で、一人ひとりの子どもに合った伝え方をすることも大切です。
親のがんが子どもに与える影響
子どもを持つがん患者自身は、「子どもにさみしい思いをさせてしまう」「子どもを傷つけてしまった」「一緒に遊んであげられず申し訳ない」などと考え、がんになってしまった自分を責める人が多いといわれています。その一方で、がんになった親を持つ子どもには、実際にどんな影響があるのでしょうか。
親のがんはつらく苦しいだけ?
2007年にイギリスの科学雑誌『Psycho-Oncology』に掲載された論文によると、親ががんになった子どもは孤独や内気といった問題を持つリスクがわずかに高くなるという結果が出ています。また、そうした行動をとるのは親がつらいと感じている時に多くなることも分かっています。たしかに、親ががんであるという事実は子どもにとって、そういったマイナス面の影響もあるでしょう。
しかし、それは同時に、さまざまなことを経験して多くのことを学ぶチャンスでもあります。例えば、親が病気に立ち向かいながらがんばっている姿を見て、子どもは「柔軟性」や「困難を乗り越える力」を学びます。家事を手伝うことで、誰かができないことを他の誰かが補うという「チームワーク」を学びます。他にも、親の介助をするという経験からは「思いやり」を、自分で何とかやっていく経験からは「自立」を学ぶことができます。親の特別なニーズを尊重することからは「寛容」を、親がゆっくりとしか動けない時に待つことからは「忍耐」を、病気に立ち向かう親のありのままの姿からは「自己愛」を、親の病状の一進一退に対処することからは「粘り強さ」や「回復力」を学んでいきます。
子どもは親に守られるだけのかよわい存在ではありません。がんであることを正直に伝えることは、子どもにとって大きな成長の機会となりますし、がん患者自身の心の支えにもなります。
情報を共有し、サポートを活用しよう
もちろん闘病生活は家族だけで解決できることばかりではないので、サポートしてくれる人を見つけることも大切です。困った時や助けてほしい時に、誰かにそれを打ち明けられるような環境にしておきましょう。
まず、がん患者である親が相談すべき相手は、病状や治療について一番理解している医師や看護師です。子どもや家族の状況は患者の体調を左右しますし、家庭の事情を日ごろから把握しておいてもらうことで、セレモニーや行事などに参加したい時にも治療計画を調整しやすくなる可能性もあります。
次に、子どもの関係者として、園や学校の先生にも相談しておくとよいでしょう。養護教諭、担任教諭、部活動や課外活動の担当教諭などと協力し、家庭と学校での普段の様子を互いに情報共有できるようにしておきます。ただし、情報共有する相手を選ぶときは親の印象ではなく、子どもが信頼を置いているかどうかを重視しましょう。
治療の過程や病期によっては、体調が悪くなったり気分が落ち込んでしまったりして、自分だけではどうしようもないこともあります。そんな時は、頼れる誰かの手を借りましょう。パートナーや身近な家族だけでなく、親戚や友人、ファミリーサポートなど地域の支援事業や、ベビーシッターなど民間のサポートを利用するのもよいでしょう。誰かに何かをお願いするのは心苦しいものですし、今までできていたことができないことを認めるのはつらいかもしれません。しかし、現実を受け止め少しずつ考え方を変えていく必要があります。子どもを見守ってくれる輪を広げていくことは、親と子どちらにとっても心強いものとなるでしょう。
参考資料
(Web):
国立がん研究センター がん情報サービス がん登録・統計 2020年がん統計予測
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/short_pred.html
国立がん研究センター プレスリリース 2015年11月4日 18 歳未満の子どもをもつがん患者とその子どもたちについて 年間発生数、平均年齢など全国推定値を初算出
支援体制構築の急務な実態が明らかに
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2015/1104/press_release_20151104.pdf
国立がん研究センター がん情報サービス 家族、社会とのつながり https://ganjoho.jp/public/support/note/guide/03.html
愛知県がんセンター がんの親を持つ子どもへのケア
https://www.pref.aichi.jp/cancer-center/hosp/12knowledge/hiroba/img/1609-10kango02.pdf
(書籍):
大沢かおり 著、2018年2月第1刷発行、がんになった親が子どもにしてあげられること、株式会社ポプラ社