更新日:2026/08/11
がん教育とは
近年、学校教育の場でがん教育が本格的に取り組まれています。日本では年間100万人を超える方が新たにがんと診断される時代であり、子どもたちにとっても「身近な病気」として向き合う必要性が高まっています。がん教育は子どもたちへの知識の提供にとどまらず、正しい理解を深め、がん患者さんや家族への偏見をなくし、将来のがん予防・早期発見にもつながる教育です。
この記事では、文部科学省が定めるがん教育の定義・内容・制度的背景から、教材・外部講師の役割、配慮事項、最新の実施状況まで、幅広くお伝えします。
がん教育とは
まずは、がん教育の定義とその重要性、制度的な位置づけ、具体的な学習内容を見ていきましょう。
子どもたちに「がん教育」を行う重要性
文部科学省は、がん教育を「健康教育の一環として、がんについての正しい理解と、がん患者や家族などのがんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに寄与する資質や能力の育成を図る教育である」と定義しています※1。
がん教育の目的の一つは、がんに対する誤解や根拠のない恐怖心を和らげることです。内閣府が18歳以上を対象に行った「がん対策に関する世論調査(令和5年7月調査)」でも、がんに対して不安や恐怖を感じる人が多いことが示されています※2。がんへの恐怖が大きい一方で、正しい知識が必ずしも広まっているとはいえない状況が続いています。
がん教育の対象は主に小学生・中学生・高校生ですが、子どもたちが学んだ内容を家庭に持ち帰ることで、保護者をはじめとする大人たちの理解促進にもつながることが期待されています※1。
なお、がん検診や予防の重要性については、がん検診についてやがん予防の記事もあわせてご覧ください。
がん教育と学習指導要領との関係
がん教育が学校教育に正式に位置づけられた背景には、法律の改正と学習指導要領の改訂があります。
2016年(平成28年)12月に改正されたがん対策基本法(第23条)では、「国及び地方公共団体は、国民が、がんに関する知識及びがん患者に関する理解を深めることができるよう、学校教育及び社会教育におけるがんに関する教育の推進のために必要な施策を講ずるものとする」と定められました※3。これを受け、2017〜2018年(平成29〜30年)に改訂された学習指導要領において、中学校・高等学校の保健体育の授業でがん教育を取り扱うことが明記されました※3。
学習指導要領の全面実施は段階的に行われ、小学校は2020年度(令和2年度)、中学校は2021年度(令和3年度)に始まりました。高等学校は高等学校学習指導要領(平成30年告示)にもとづき、2022年度(令和4年度)入学者から全面実施が開始され、現在は全学年で実施済みです※3。体育科・保健体育科の授業を中心に、学校の実情に合わせながら家庭や地域とも連携したがん教育が推進されています。
がん教育の内容
文部科学省が示すがん教育の具体的な内容は9つです※4。これらは「がんを正しく知る」知識系の学習と、「がん患者さんを理解し共に生きる」共生系の学習で構成されています。
| No. | 内容 |
|---|---|
| 1 | がんとは(がんの要因など) |
| 2 | がんの種類とその経過 |
| 3 | 我が国のがんの状況 |
| 4 | がんの予防 |
| 5 | がんの早期発見・がん検診 |
| 6 | がんの治療法 |
| 7 | がん治療における緩和ケア |
| 8 | がんの患者の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ) |
| 9 | がん患者への理解と共生 |
これらの学習を通じて達成を目指す目標は2つあります※4。
- 目標1「がんについて正しく理解することができるようにする」:がんが身近な病気であることを知り、がん予防やがんの早期発見の重要性、がん検診への関心をもつことを目指します。
- 目標2「健康と命の大切さについて主体的に考えることができるようにする」:がんと向き合う人々との触れ合いを通じて、自分や周囲の人たちの健康と命の大切さに気づき、さまざまな人が共生できる社会づくりを目指します。
がん教育はどのように行われるのか
がん教育では、子どもたちの発達段階に応じた教材が使われます。また、教員だけでなく外部講師が授業に加わることで、より深みのある学びが実現されています。
がん教育に使われる教材とは
文部科学省は、がん教育推進のための教材を作成・提供しています※5。発達段階に応じて教材が異なり、それぞれの学校段階に合わせた学びを支えています。
小学生には視覚的に理解しやすい映像教材が補助教材として提供されています。「がんについての基礎的な知識を学べる映像教材1本」と「がん経験者のエピソードをまとめた映像教材2本」の計3本が用意されており、授業後の理解度確認にはワークシートも活用されます※5。なお、映像教材は令和6年(2024年)3月に更新されています。
中学生・高校生には、主にスライド教材(PowerPoint形式・PDF形式)が活用されます。9つのテーマに対応したモジュール形式になっており、具体的な数値やグラフを通じてがんの現況を学びます※5。各校種共通して授業後にはワークシートによる理解度の確認が行われます。
外部講師の存在について
がん教育では、医療従事者やがん経験者を外部講師として招くことが重要視されています。教員だけでは専門知識に限界がある場合があるため、外部の専門家が授業に参加することで、より科学的で実感のある学習が可能になります。
第4期がん対策推進基本計画(令和5年3月28日閣議決定・計画期間2023〜2028年度)では、学校医やがん治療に携わる医師、がん患者・経験者等の外部講師を活用しながら、がん教育が実施されるよう国が必要な支援を行うことが示されています※6。医療従事者が科学的根拠に基づく知識を、がん患者・経験者が体験に基づく声を伝えるなど、それぞれの役割を分担することが効果的とされています。
具体的には、がん教育の2つの目標それぞれの達成のために、外部講師の役割が分担されています。「がんについて正しく理解する」目標には、医師・看護師・保健師など専門知識をもつ医療従事者の参加が有効です。「健康と命の大切さを主体的に考える」目標には、がん患者さんやがん経験者の参加が効果的とされています※6。医療従事者・がん経験者・学校教員がそれぞれの得意分野を活かして連携することで、2つの目標の達成が目指されています。
がん教育を進めるにあたり配慮すべきこと
一般社団法人全国がん患者団体連合会(全がん連)は「がん教育における配慮事項ガイドライン」を発行しており、がん教育に関わる教員・外部講師が取るべき具体的な配慮を示しています※7。ここでは特に重要な3つの点を紹介します。
配慮が必要なケースへの具体的な対応方法について
がん教育を受ける子どもの中には、家族や親族・友人ががん治療中あるいはがんで亡くなったケース、あるいは子ども自身ががん経験者・治療中であるケースがあります。このような子どもたちに対して十分な配慮なくがん教育を行うと、精神的な負担をかけたり、不登校につながったりするおそれがあります※7。
全がん連のガイドラインでは、以下のような対応が示されています。
- 授業前に事前アンケートや聞き取り調査を行い、配慮が必要な子どもを事前に確認する
- 対象となる子どもまたは保護者と事前に話し合い、扱ってほしくない内容を確認する
- 授業への出退を自由にする、または別室授業・早退などの選択肢を提示する
学校教員が配慮すべきこと
教員は子どもの発達段階に配慮して教材を選ぶ必要があります。小学生と高校生では学ぶべき内容や理解の深さが大きく異なるため、学校段階ごとに適切なアプローチが求められます※7。また、クラスに配慮が必要な子どもがいないかを事前に把握し、授業後も見守りやフォローを継続することが重要です。
さらに、子どもたちが家庭に学習内容を持ち帰った際に適切なコミュニケーションが取れるよう配慮することも求められます。たとえば、喫煙はがんのリスク要因として科学的に示されていますが(がんとたばこの関係もご参照ください)、家庭内の喫煙者に禁煙を強く求めるよう子どもに促すことは避けた方がよいとされています※7。大人が「やめたくてもやめられない」場合もあります。子ども自身がリスクを避ける行動を身につけることを目指しつつ、家族関係に悪影響を与えない伝え方への配慮が求められます。
なお、がん予防に関連する生活習慣についてはがん予防12か条の記事もご覧ください。
外部講師が配慮すべきこと
外部講師が授業に参加する際の大前提として、「自分の体験を語りに行く」のではなく「子どもたちの学習を支援するために行く」という意識が重要です※7。全がん連のガイドラインでは、次のような配慮が示されています。
- むやみに恐怖心をあおらないよう言葉を選ぶ。画像や動画を用いる場合も子どもたちへの影響を考慮して慎重に取り扱う
- 体験として話す内容であっても、科学的根拠にもとづいた情報提供を心がける
- がん患者・経験者は体験談を、医療従事者は専門知識を提供するなど役割を明確に分担する
がん教育の実施状況について
文部科学省は毎年度、全国の国公私立の小学校・中学校・義務教育学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校を対象にがん教育の実施状況調査を行っています。ここでは最新の調査をもとに実施状況を見ていきます。
実施状況
文部科学省が2020年2月21日に公表した「平成30年度(2018年度)におけるがん教育の実施状況調査の結果」によると、調査対象37,169校のうち61.9%がん教育を実施したと回答しました※8。学校種別では中学校が71.4%で最も高く、次いで高等学校63.7%、小学校56.3%の順でした。
がん教育を実施した学年(平成30年度調査)を見ると、小学校では6年生が95.9%と最多で、中学校では3年生が93.0%、高等学校では1年生が90.2%となっており、各校種の最終学年または最初の学年に集中している傾向がみられます※8。
なお、高等学校については、2022年度(令和4年度)入学者からの高等学校学習指導要領(平成30年告示)の全面実施により、現在はすべての学年でがん教育が実施されています※3。
実施内容および外部講師の活用状況
平成30年度(2018年度)調査によると、がん教育で扱った内容は「がんという病気の概要」86.0%、「がんの予防」84.8%が上位を占め、続いて「日本におけるがんの現状」62.0%、「早期発見とがん検診」46.7%となっています※8。多くの学校がまずがんそのものについての理解を重点に置いていることがわかります。
一方、外部講師を活用したがん教育の実施率については、令和5年度(2023年度)調査(令和6年7月12日公表)で全体12.5%(小学校段階10.6%・中学校段階16.4%・高等学校段階11.2%)とされています※9。平成30年度(2018年度)調査の8.1%から増加傾向にあるものの、依然として外部講師を活用した授業は少数にとどまっています。
外部講師が活用されにくい理由として、令和5年度調査では「指導時間が確保できなかった」(45.8%)が最も多く、次いで「適当な講師がいなかった」(22.2%)、「講師謝金等の経費が確保できなかった」(11.8%)が挙げられています※9。第4期がん対策推進基本計画(令和5年3月)では、学校医やがん治療に携わる医師、がん患者・経験者等の外部講師を活用しながらがん教育が実施されるよう、必要な支援を行うとされており※6、今後の拡充が期待されています。
実施したことによる子どもたちの反応
公益財団法人日本対がん協会が公立中学校2年生を対象に行ったアンケート(2014年度)では、がん教育の前後で子どもたちの認識に大きな変化がみられました。教育を受ける前に「がんは治らない病気だ」と考えていた子どもは約60%でしたが、教育後の同じアンケートでは約20%にまで減少しました(40ポイント低下)※10。がん教育が子どもたちに正しい知識をもたらすうえで一定の効果をもたらすことが示されています。
また、外部講師を活用した学校では、子どもたちから「健康と命の大切さを学ぶことができた」「家族や周囲の人を思いやる気持ちが育った」「自分の健康や生活習慣に関心が持てた」という回答が得られており※10、外部講師の存在がより深い学びを促すことが示されています。がん経験者をはじめとする外部講師の活用は、今後のがん教育において重要な役割を担うものと考えられています。
よくある質問
- Q. がん教育はいつから全国の学校で実施されるようになりましたか?
- 小学校は2020年度(令和2年度)、中学校は2021年度(令和3年度)から学習指導要領にもとづくがん教育が全面実施されています。高等学校は2022年度(令和4年度)入学者から全面実施が始まり、現在はすべての学年で実施済みです※3。
- Q. がん教育に使われる教材はどこで入手できますか?
- 文部科学省のウェブサイト(mext.go.jp)で、映像教材・スライド教材・ワークシートが公開・提供されています。映像教材は令和6年(2024年)3月に更新されています※5。
- Q. 家族ががんで亡くなった子どもへの配慮はどうするのですか?
- 全国がん患者団体連合会の「がん教育における配慮事項ガイドライン」では、授業前の事前アンケートや保護者との確認、別室授業・出退自由の選択肢の提示など具体的な対応を示しています※7。担任・養護教諭などが連携して対応することが求められます。
- Q. 外部講師にはどのような人が参加しているのですか?
- 平成30年度(2018年度)調査では、外部講師の内訳はがん経験者21.6%、薬剤師16.8%、がん専門医16.1%、その他の医師14.2%などとなっています※8。第4期がん対策推進基本計画ではこうした多様な外部講師の活用がさらに推進されています。
本記事は2026年8月12日時点の公的機関の情報および診療ガイドラインをもとに、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個々の患者さんの診断・治療方針を示すものではありません。治療の選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。
参考資料
- 文部科学省「学校におけるがん教育の在り方について(報告)」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 内閣府「がん対策に関する世論調査(令和5年7月調査)」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 厚生労働省「がん対策基本法(平成18年法律第98号・平成28年改正)」、および文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 文部科学省「がん教育推進のための教材(令和3年3月 一部改訂)」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 文部科学省「がん教育推進のための教材 補助教材」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 厚生労働省「第4期がん対策推進基本計画」(令和5年3月28日閣議決定)(最終確認日: 2026年8月12日)
- 一般社団法人全国がん患者団体連合会「がん教育における配慮事項ガイドライン」(最終確認日: 2026年8月12日)
- 文部科学省「平成30年度におけるがん教育の実施状況調査の結果について」(2020年2月21日公表)(最終確認日: 2026年8月12日)
- 文部科学省「令和5年度におけるがん教育の実施状況調査の結果について」(令和6年7月12日公表)(最終確認日: 2026年8月12日)
- 公益財団法人日本対がん協会「がん教育」(自団体の取り組み・独自調査)(最終確認日: 2026年8月12日)





















