更新日:2021/09/05
がん教育とは
目次
近年、教育現場では「がん教育」を積極的に取り入れています。昨今は日本人の約2人に1人が「がんになる」時代であり、自分もしくは自分の家族ががんになる可能性は高くなっています。しかし、がんについて正しい知識がある方はあまり多くありません。未来を担う子どもたちががんという病気を知ることは、生活習慣の改善によるがん予防や早期発見・早期治療の大切さを学び、がん患者や家族に対する誤解や偏見をなくすことにもつながります。
がん教育とは
まずは、子どもたちに行われるがん教育とはいったいどのような教育なのか、定義や概要をみていきましょう。
子どもたちに「がん教育」を行う重要性
文部科学省によると、がん教育とは「健康教育の一環として、がんについての正しい理解と、がん患者や家族などのがんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに寄与する資質や能力の育成を図る教育である。」と定義されています。そして、がんを理由もなく怖がったり、がんに対する誤解や偏見をもったりしないよう、子どもたちへのがん教育が始まりました。
18歳以上の人を対象に内閣府が行った「がん対策に関する世論調査」によると、がんをこわいと思う方の約7割が、その理由について「がんは死に至る場合があるから」と回答しました。また、がんの治療法については理解が広まっている一方で、がん検診の受診率は低く、約3割の方が「今までがん検診を受けたことはない」と回答しました。その理由としては「受ける時間がないから」が約3割ですが、「健康状態に自信があり、必要性を感じないから」と回答している人も3割近くいました。がんをおそれながらも、がん検診に対する意識の低さが浮き彫りとなっています。
がん教育の対象となる「子ども」は主に小学生・中学生・高校生ですが、がん教育を学んだ子どもたちが家庭に教育内容を持ち帰ることで、大人たちもがんについて理解を高めていくことを狙いとしています。
がん教育と学習指導要領との関係
がん教育が始まった背景には、法律の改正と学習指導要領の改訂があります。
まず、2016年12月にがん対策基本法が改正され、学校教育や社会教育においてがん教育を推進するために必要な施策を講じることが定められました。これを受け、2018年に改訂された学習指導要領の中で、中学校や高校の授業の一環としてがん教育を取り扱うよう明記されました。その後、学習指導要領改訂に伴う移行期間を経て、小学校は2020年、中学校は2021年から全面的にがん教育をスタートすることとなりました。高校は2022年入学者から順次、スタートする予定です。体育科や保健体育科の授業の一環として、学校の実情に合わせつつ、家庭や地域とも連携しながらがん教育が行うことが推奨されています。
がん教育の内容
文部科学省によると、がん教育の具体的な内容は、以下の9つです。
1がんとは(がんの要因など)
2がんの種類とその経過
3我が国のがんの状況
4がんの予防
5がんの早期発見・がん検診
6がんの治療法
7がん治療における緩和ケア
8がん患者の生活の質
9がん患者への理解と共生
これらの内容を学んだうえで、がん教育には達成したい目標が2つあります。
1つは、「がんについて正しく理解することができるようにする」こと。がんが身近な病気であることを知り、がん予防やがんの早期発見の重要性、がん検診などについても関心をもってもらうということです。
もう1つは、「健康と命の大切さについて主体的に考えることができるようにする」こと。がんについて学ぶことや、がんと向き合う人々との触れ合いを通じて、自分や周囲の人たちの健康と命の大切さに気付き、自分の生き方を考え、さまざまな人が共生できる社会づくりを目指すということです。
がん教育はどのように行われるのか
次に、がん教育に使われる教材と、がん教育の担い手ともなる学校教員および外部講師に着目し、がん教育がどのように行われているのかをみていきましょう。
がん教育に使われる教材とは
がん教育においては、子どもたちの発達段階に応じた教材を使用することが望ましいとされています。
小学生の場合は視覚的に情報が得られるよう、補助教材として映像教材を使用することもあります。がん患者の経験談をまとめた教材を通して、がんがどんな病気であるのかを学んだり、内容についてのディスカッションを展開したりします。文部科学省では、がんに関する情報や知識を学べる映像教材1本と、がん経験者のエピソードをまとめた映像教材2本を作成し、補助教材として提供しています。
中学生や高校生の場合は、主にスライド教材を活用してがんの知識を補填することが多く、具体的な数値やグラフからがんの現況について学ぶことが増えていきます。
小学校から高校までのがん教育で共通するのが、授業後の理解度確認です。授業後にはワークシートを用いてがん教育における理解度を確認します。
外部講師の存在について
教員自身ががんについて詳しく知らない場合、教材だけを使用しても深みのある授業を展開するのは難しいかもしれません。たとえば、専門知識を学んだ養護教諭が授業を担当することもありますが、がん教育を行う教科や学習活動時間によっては、専門的な知識を持たない教員が授業を担当せざるを得ない場合もあります。
そのため、教材にくわえて重要視されているのが外部講師の存在です。がん対策推進基本計画においては、医療従事者やがん患者を外部講師に招いて授業を行うことが示されています。具体的には、がん教育の目標の1つである「がんについて正しく理解することができるようにする」を達成するために、医師や看護師、保健師など専門知識をもった医療従事者を招くことで、科学的根拠に基づいた知識を提供できます。もう1つの目標である「健康と命の大切さについて主体的に考えることができるようにする」を達成するためには、がん患者やがん経験者を招くと効果的だと考えられています。
医療従事者、がん経験者、学校教員が連携し、それぞれの得意分野を活かすことで、がん教育の2つの目標を達成していくことが望まれています。
がん教育を進めるにあたり配慮すべきこと
一般社団法人全国がん患者団体連合会が発行している「がん教育における配慮事項ガイドライン」には、がん教育を受ける子どもたちに対して教育者および関係者が配慮すべきことや、具体的な対応例が書かれています。ここでは特に留意してほしい3つの項目をご紹介します。
配慮が必要なケースへの具体的な対応方法について
がん教育を受ける子どもの家族や親族、友人など身近な人ががんの治療中あるいはがんによって亡くなっているケースや、子ども自身ががんの治療中あるいはがん経験者であるケースでは、配慮が必要です。これらのケースに該当する場合、がん教育を行う際に十分配慮しなければ、対象となる子どもが不登校になったり精神的に不安定になったりするおそれがあります。
まずは、事前アンケートや聞き取り調査を行って対象となる子どもがいるかどうかを充分に確認します。対象となる子どもがいた場合には、子ども自身または保護者と話して学習の内容や扱ってほしくない内容を確認したうえで授業に臨む、あるいは授業の出退は自由であることを伝え、別室授業や早退などの対応も検討するのがよいでしょう。
学校教員が配慮すべきこと
まず、教員が配慮すべきなのは子どもの発達段階です。小学生と高校生では学ぶべき内容や学び方、理解の仕方が異なるため、発達段階に十分配慮して教材を選ぶ必要があります。また、授業の内容や子どもの状況によっては不登校を誘発したり、精神的に不安になったりするケースもあります。がん教育を行うクラスに配慮が必要となる対象者がいないか事前に情報収集をしたり、授業後に見守りやフォローをしたりすることも重要です。
さらに教員は、子どもが家庭内に教育内容を持ち帰った時に、家庭で適切なコミュニケーションが取れるよう配慮することも必要です。例えば、喫煙はがんの要因として科学的な根拠が示されています。しかし、がん教育の場で身近な喫煙者にたばこをやめるよう話すことを、子どもに強く勧めるのは避けた方がよいでしょう。子どもが喫煙をしている両親に禁煙を持ち掛けた結果、親子関係が悪くなるなど子どもに辛い思いをさせるおそれもあります。がんのリスクファクターについては、大人がやめたくてもやめられない場合もあります。やめさせることを強要するのではなく、伝え方に配慮しましょう。さらに、子ども自身ががんのリスクファクターに手を出さないよう、リスクを避ける行動が取れるような指導ができるとよいでしょう。
外部講師が配慮すべきこと
がん教育をするうえで、学校教員だけでなく外部講師も子どもたちに対して十分に配慮する必要があります。
大前提として、外部講師は自分の体験をただ語りに行くのではなく、子どもたちの学習の手助けのために行くという心構えを徹底しましょう。むやみに恐怖心をあおらないよう言葉を選び、画像や動画を用いる際にも配慮しながら、子どもたちにとってわかりやすいよう情報を取捨選択します。また、病気の内容や治療、症状などを自分の体験として話しつつも、あくまで科学的根拠に則っている必要があります。そのため、がん患者は体験を、医療従事者は知識を補填するなど外部講師の役割を分けることも重要です。
がん教育の実施状況について
2021年現在、がん教育が全面的に実施されているのは小学校と中学校です。高校は2022年入学者から順次がん教育が始まる予定ですが、学習指導要領に先駆けて自主的にがん教育を取り入れている学校もあります。
これらの学校におけるがん教育の実施状況や、子どもたちにみられた変化などを見ていきましょう。
実施状況
がん教育の実施状況については、国公私立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校および特別支援学校を対象に、文部科学省が調査を実施しています。直近のアンケート結果では、平成30年度という学習指導要領が改訂されたばかりのタイミングであるにもかかわらず、61.9%の学校ががん教育を実施したと回答しました。
学校種別にみると小学校が56.3%、中学校が71.4%、高校が63.7%となり、中学校が最も多いという結果になりました。
がん教育を実施した学年をみると、小学校では6年生が95.9%と最も多く、小学校生活の中でも理解度が高くなる最終学年に学習を充てていることが分かります。中学校も同じく3年生で実施した学校が93.0%となる一方、高校では1年生に学習を充てている学校が90.2%となりました。
実施内容および外部講師の活用状況
がん教育で扱った内容については、がんという病気の概要が86.0%、がんの予防が84.8%と、多くの学校が病気そのものやがん予防に関する知識を重点的に指導していることが分かります。次いで、日本におけるがんの現状が62.0%、早期発見とがん検診についてが46.7%となりました。
がん教育において外部講師の存在が重要視されているのは前述のとおりですが、外部講師を活用した学校はわずか8.1%にとどまっています。なお、外部講師として招かれた方の職種の内訳は、がん経験者が最も多く21.6%、次いで薬剤師またはがん専門医がいずれも約16%、その他の医師が14.2%となっています。
そのため、教員が教材を活用しながらがんについての基礎的な情報を与える程度の学習となっており、学習指導要領およびがん対策基本法で求められている内容が充分に網羅されていないのが現状です。医療従事者の活用が非常に少ないことから、科学的根拠に基づいた情報が与えられているのかどうかという点についても疑問が残ります。
このデータは学習指導要領が改訂されたばかりのものであり、今後はさらに学習指導要領に則ったがん教育が展開されていくことが望まれています。
実施したことによる子どもたちの反応
最後に、がん教育を実施したことによる子どもたちの反応をご紹介します。日本対がん協会がある公立中学校の2年生に対して行ったアンケートでは、がん教育を受ける前では「がんは治らない病気だ」と思っている子どもが約6割もいたのに対して、がん教育を受けた後に行われた同様のアンケートでは約2割にまで減少しました。がん教育が少なからず子どもたちに正しい知識を提供できていることが示されているといえます。
また、外部講師を活用した学校においては、健康と命の大切さを学ぶことができた、家族や周囲の人を思いやる気持ちができた、自分の健康や生活習慣に関心が持てたという回答もありました。がん経験者をはじめとする外部講師の活用は、今後のがん教育には必要不可欠といえるのかもしれません。
参考資料
(Web):
公益財団法人日本対がん協会 がん教育
https://www.jcancer.jp/cancer-education/
大日本図書株式会社 小・中学校保健 教授用資料 小・中学校におけるがん教育(授業)の開発 大津一義、山本浩二
http://www.dainippon-tosho.co.jp/newsletter/files/cancer.pdf
内閣府 「がん対策に関する世論調査」の概要
https://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-gantaisaku/gairyaku.pdf
一般社団法人 全国がん患者団体連合会 がん教育における配慮事項ガイドライン
http://zenganren.jp/wp-content/uploads/2020/01/784fefea55bfc40e42db9a41ab0998bf.pdf
文部科学省 「がん教育」の在り方に関する検討会 学校におけるがん教育の在り方について報告
https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/__icsFiles/afieldfile/2016/04/22/1369993_1_1.pdf
文部科学省 がん教育推進のための教材
https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1369992.htm
文部科学省 がん教育推進のための教材 補助教材
https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1385781.htm
川崎市総合教育センター 研究紀要 第28号(平成26年度) 健康教育研究会議 小学校、中学校におけるがんについての授業
http://www.keins.city.kawasaki.jp/kenkyu/kiyou/kiyou28/28-159-166.pdf
文部科学省 文部科学省初等中等教育局健康教育・食育課 平成 30 年度におけるがん教育の実施状況調査の結果について
https://www.mext.go.jp/content/20200218-mxt_kenshoku-000005036_1.pdf