本来細胞は一定の規律に従って増殖し、そして一定の規律にしたがって増殖を止めることで体が維持されていますが、がんとはそのような細胞増殖の開始、停止の規律が崩れ、無制限に細胞増殖が行われることが根本的な原因です。
しかし、それだけではなく多の要因も関係しています。感染症と戦い打負かす能力が体に備わっているように、無秩序に増殖する細胞が生じてもそのような細胞を排除する仕組みが体には備わっています。
がん細胞とはそのような仕組み(難しくいえば生体防御システム)をかいくぐる術を備えた細胞と言う事もできるでしょう。
具体的には、細胞には予め自殺するための遺伝子が備わっており、その遺伝子を刺激することで不必要あるいは有害な細胞を排除する仕組みが備わっています。
免疫力の一つにはそのような有害な細胞を自殺に追い込む働きがあります(不必要な細胞が死ぬことにより私達の身体が上手く形成されている面もあるので、細胞の自殺システムは非常に重要です)。
がん細胞はこのような自殺システムをかいくぐる能力を備えた細胞です。
つまり、無秩序に増殖を繰り返す細胞はある一定の頻度で生じるのですが、ほとんどの場合大きく育つ前に自殺を誘導されたりして処理されているのです。
しかし、まれに無制限に増殖する能力をもち、なおかつ体の防御システムを突破する能力を備えた細胞が生じます。
さらにその中から、どんどん増殖できるように血管を引き寄せる因子を分泌したり、他の場所に転移できるような能力を獲得した細胞が生じた場合がんとして成長し、ついには体全体を死に追いやることになります。
したがって、がん細胞とはがんとして育つための様々な要因を備え、しかも体の防御システムをくぐり抜けることができるようにいくつもの関門をくぐり抜けた細胞ということができるでしょう。
がんを治療するのが厄介なのはこのあたりのことも関連しています。
つまり、様々な困難をくぐり抜けてきた細胞ですから、その細胞自体非常に強い性質を持っています。そして、元々は自分の細胞ですからそのがん細胞を排除することには難しさが付きまといます。まったく違う生き物である病原体を駆逐するよりも難しいのは、ある意味当然です。群集に紛れ込んだ犬やネコはすぐ見つけて捕獲できますが、群集に紛れ込んだ殺人犯を見つけだして逮捕することは大変ですね。がん治療の難しさを端的比喩すればこのようなことになると思います。
一方、がんを克服することが難しい最大の理由として、最近まではがんのできる原因がハッキリと理解されていないから対処法も限定的であるとの説明がされてきました。
しかし、現在では科学の進歩により、がん細胞が生じる理由がかなりの程度明かとなってきました。理由がわかれば対処法も考える事が可能になります。実際、細胞ががん化する分子機構を解明し、それ原因を排除する働きのある薬剤が開発されて実用化されている薬もあります(白血病治療薬のグリベックや肺がん治療薬のイレッサなど)。がん細胞にだけあるいはがん細胞に多く発現している物質を見つけだして、その物質を標的にした治療薬の開発も行われています(乳癌の治療薬のハーセプチンなど)。まだ、特効薬というには効き目が弱いのですが、従来の治療法よりも効果が高く副作用が少ないなど、将来性を感じさせる効果も明かとなってきました。
しかし、その一方で肺癌治療薬のイレッサの副作用(間質性肺炎)でなくなった患者さんが多数報告されて問題となっています。そうした意味でもこのような取り組みはまだまだ初期段階といえると思いますが、将来性は皆が認める所です。
このように、がん細胞が生じる分子機構を明らかにすることは極めて重要な意味がありますが、そもそもその研究はウイルスを使っておこなわれました。つまり、ウイルスにはがん細胞を生じさせる能力を備えた種類があり、一括してがんウイルスと呼ばれています。簡単にいってしまえば、がんにも伝染するタイプがあるということです。動物ではこのようながんウイルスがいることが100年も前から知られていました(にわとりの肉腫ウイルスやねずみの白血病ウイルス、乳癌ウイルスなど)。
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