がんとは?(第1回)
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
疾患医科学研究系 ウイルス感染学分野
清水則夫

『がん』とはなんでしょうか?

『がん』は『癌』と書くこともありますが、では『がん』と『癌』の違いは何でしょうか。
『がん』治療のメッカ、国立がんセンターをみなさんも御存じだと思います。東京の築地にある国立がんセンターは『がんセンター』であり『癌センター』ではありません。『癌』とは、専門的になりますが内臓や皮膚など上皮細胞が悪性化したものを指します。その他の細胞が悪性化したものは肉腫とか白血病、リンパ腫などと別の名前で呼ばれます。ただ、これらの呼び方は専門的な用語で、一般人にとっては馴染みがない言葉ですからこれらを一括して『がん』と呼んでいます。したがって、がんセンターでは当然癌だけでなく、白血病の治療も行っている訳です。
このエッセイでは、『ウイルスとがん』の関係を中心にして、『がん』に関する研究やその治療法について解説していきたいと思います。

まず初めに、悪性化した細胞とはどういう細胞でしょうか?
ヒトの体は、約60兆個のもの細胞から形作られていると言われています。60兆というのはどういう数でしょうか?

つい最近まで兆というオーダーには全くなじみが有りませんでしたが、最近の不景気による銀行の不良債権問題などでひどく身近な数になったような気がします。しかし、兆というのはとんでもなく大きな数で、住専の不良債券処理に公的資金を投入したときに、1兆円とは毎日ドブに1千万円づつ捨て続けても300年近くかかると聞き、下品な比喩と思いつつ恐ろしく大変な金額だと実感した記憶があります。体には、その実に60倍の細胞が詰まっているのです。100兆円といわれる銀行の不良債券にも驚きますが、そのような数の細胞が協調して働き、1人の体を形作り、そしてその体が100年におよぶ長期に渡り維持されていることには驚きを禁じ得なません。
私も含め皆さんも生きていることは当たり前に思っていると思いますが(寿命はあるにしても)、その実、本当に信じられないような生命の営みが続いているわけです。

その一例が感染症で、常に様々な病原体が私達を狙っています。最近、病原体を駆逐する分子機構の詳細が解明されつつありますが、まさに絶え間ない戦いがヒトと病原体の間で繰り広げられているのです。このシステムが破綻するとすぐに死が訪れ、そして腐敗が始まります。この問題はこのweb site のテーマとは外れるので詳しくは述べませんが、本当に精緻なシステムが体に備わっていることに驚かされます。
もう一つ例を挙げれば再生でしょう。例えば、怪我をしても、傷が小さい場合には痕跡をほとんど残さず治癒します。当たり前のようでいて不思議な現象です。肉が盛り上がってくるのは理解できますが、なぜある所で止まり、そしてその上に皮膚が再生するのでしょうか?大分昔の漫才ではないですが、考え出すと夜も眠れなくなります。がんとはまさにこの問題とオーバーラップします。つまり、細胞は本来一定の規律に従って増殖し、そして一定の規律にしたがって増殖を止めることで体が維持されているのです。皮膚の細胞は毎日一定の割合で増殖し、そして死んで垢となります。また、体に病原体が侵入するとそれに対抗するために白血球が急速に増殖し、病原体が排除されれば白血球の増加はピタリと止まります。このような現象は至る所で営まれており、代表的なものを挙げると、髪の毛の毛母細胞、血液細胞(赤血球、白血球、血小板)、消化管上皮細胞などがそれに当たります(余談ですが、そのような分裂がさかんな細胞が放射能に弱い性質があります。原爆投下の際の死因<髪の毛や皮膚の脱落、貧血、下痢など>とも関連しますが、がん治療とも大きな関連がありますので別の機会に触れてたいと思います)。
悪性化した細胞とは、そのような細胞増殖、増殖停止の規律が崩れ勝手に増殖するようになってしまった細胞なのです。

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